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目を覚ますと、既に少しばかり天頂に近づいている太陽の光が、この自分には少しばかり狭い寝台を柔らかく包み込んでいた。
「おれは……」
腕ががっちりと固定され、まだ少しだけ冷たい水の入った布袋で折れた骨が冷やされている。奇妙な騒々しい杖を振り回す女に保護されたことを思い出す。手首には真新しく清潔な白い布が丁寧に巻かれ、傷痕には少してらてらとしたクリーム状の何かが塗りつけられている。
そしてそんな自分の足元には例の人間の女が杖を手にしたまま、まるで力を使い果たしたかのように眠り込んでいた。
「おい、女」
思わずロートス・イーターは声を上げる。
「軽率だ。実に軽率だ。おれが、おれをあんな目に遭わせた雌どもを憎まないわけがない。お前も人間といえども雌の一種。こうして、お前に恥辱を与えることも出来る」
睨みを聞かせて言ってやる。
「……私は義務を果たしました。けれどそれに何か対価を求めるつもりはありません。あなたが私をここで辱めるのであれば、それも結構。……けれど私は」
玲奈が男を静かに見つめて言った。
「……いいえ。あなたと私は初対面です。私が勝手にあなたの瞳に誇り高さを見いだしただけのこと。だから、あなたがそれで気が済むのなら、好きになさい」
ロートス・イーターが、予想外の言葉に虚を突かれながら、まなじりを吊り上げる。
「誇りか。あの忌まわしい同族の雌どもが、おれから、奪い去ったものをか」
玲奈が立ち上がり、キッチンへ向かう。
「女よ。名は?」
「足立玲奈と言います」
「アダ……チ……」
「レーナ、と呼ばれていました。かつては」
「レーナか」
「食事を摂ることを勧めます。栄養をとらねば、飛ぶこともままならないはず。職場には朝一番に電話して休暇を取りました。朝食くらいなら、今からでも……」
突然、玲奈がキッチンで膝から床に崩れ降ちる。
「どうした」
「……失礼しました。一晩中魔法を使ったのは初めてでして、少し、目眩が……申し訳ないのですが、非常用のレトルトで……」
「レトルトとはなんだ。それよりもお前が倒れてどうする。本末転倒ではないか。一晩中、おれを、癒やしたというのか」
「……」
玲奈が答えるより先に静かに床へと倒れていく。
「人間の雌は……わからん」
セイレーンの男が呟いた。
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