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「……魔法少女では出来ないことをしようと決めたのに、まさか魔法少女協会にスカウトされたのは本当に皮肉なものです。とても迷いましたが、受けることにしました。世界を救う使命がある子達を助けることも、『私のやれること』なら」
「お前のよく言う、義務か」
「……魔法少女というのはいつか必ず卒業するものですが、魔法少女として世界を救ったがために、これからの生き方に戸惑う事もあるでしょう。だから、そういう時のために、私のような人間がいても良いのでは、と思ったのです」
玲奈が、少し肩をふるわせて、目を閉じて言った。
「私は、世界を救った。けれど、救いの手を差し伸べるべき場所というのは、もっと身近にあるものだ、と。人間は、人間の力で、世界を良くできるのだと」
ロートス・イーターが静かに問う。
「その騒々しい杖と魔法とやらを使わずに、ということか」
玲奈が息を吐いた。
「……この騒々しい杖も魔法も、妖魔の類を懲らしめることはできても、親から暴力を振るわれる子や、様々な理由で犯罪に手を染める子、自分もまだ子どもだというのに家族を養う子を救ってはくれません。戦争で家族や家を失った子供を助けることも出来ません」
「そういうものなのか」
「……協会に入るときに私も問いました。より良い世界のために活用できないのか、と。けれど、現実社会の中で魔法を使うことは、リスクでしかない。それも、使うことが出来るのは魔法少女、つまりほとんどが思春期の少女、あるいは私のようにかつて魔法少女だった者ばかり」
玲奈が身体をそっと起こして、ベッドの上に正座して呟く。
「魔法少女に選ばれる子供たちは、比較的恵まれてはいます。魔法を信じる余裕がなければ勤まらない仕事ですから。けれど、そんな魔法を信じる善良な少女達の力を悪用しようとする者が現れないように、大人の力で守る必要があります」
ロートス・イーターが僅かに首を傾けて聞く。
「人間は、人間を信じないのか」
「……信じて、生きていけるようにするのが、私の義務です。あなたのように、人間ではない者でも、同じこと。困っている者を助けることに、何も変わりはありません」
「大層なことだ」
「ありがとう、と言うべきでしょうか。あまりこうして、誰かと喋ったことはなくて」
「お前も孤独か」
玲奈が息を吐いて、ぼんやりと答える。ふと、母の顔や、魔法少女として一緒に戦った同期達の顔が浮かぶが、
「……もしかしたら、そうかもしれません」
思わずそんな言葉が、ぽろりと口から出てしまう。ロートス・イーターがそんな玲奈をじっと眺めて、思いついたように言う。
「歌ってやろう」
「歌、ですか?」
「孤独な者同士が同じ寝台にこうして身を寄せ合っている。妙な縁だが、お前はお前のことを語った。ならばおれも、それに相応しい礼をせねばならない」
男の美しい、異国のあるいは異種族の言葉で綴られる歌声が部屋に低く揺蕩い、窓の隙間から月の光が僅かに差し込む。
ベッドのサイドテーブルに眼鏡を置いて、男の腕の中に不慣れな所作で収まった玲奈が、静かにそれに聞き入り、眼鏡がないせいでぼんやりと霞んで見える月明かりへと視線を投げた。
いつもはきっちりとひっつめてある髪もほどかれ、その黒く長い玲奈の髪を気に入ったのか、髪を指先で梳きながらロートス・イーターは歌う。
美しい歌。静かな夜。これはたった一夜の奇跡。
明日にはこのセイレーンを海へ帰さねばならない。胸に言い知れぬ感情が芽生えてきそうなのを押し込んで、玲奈は目を閉じる。目を閉じた玲奈を満足げに見やり、ロートス・イーターもまた、静かに微笑んだ。
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