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兄弟
「行ったね」
レンナーが消えた方向を見て、グレーテルがいった。
「ここはどこだろう?」とヘンゼルが聞いた。
「森の奥だけど、前の場所とはちがう方向だ。目隠しされたのは意外だったな。このグリム世界はこれまでのとはずいぶんちがうみたいだ。俺らふたりを森に捨てたのは親じゃなくて人買いだし」
「おまえはいつも変な話ばかりする」
兄は綱を解きながら不思議そうに弟をみつめた。
「今度は小石も手に入らなかった。パンくずを撒いたが、森を出られると思うか?」
「今度は無理なんだ、兄さん。パンくずは小鳥が食べちゃうから」
「ここに食べ物があると思うか? あそこは食べさせてくれるだけましだった。食べ物がないと僕はすぐ動けなくなってしまう」
レンナーもヨハネスも知らなかったが、ヘンゼルは強い魔力の持ち主だった。もっとも本人は力の使い方を知らなかった。兄弟と引き離された時だけ、自分でも知らずに魔力を使い、グレーテルのところに戻っていたのである。
人買いに拾われるよりずっと前、ふたりの両親はヘンゼルを森に捨てようとした。魔力による消耗でヘンゼルの成長は普通の子供よりずっと遅く、もう育たないと見放されたのだ。グレーテルはヘンゼルを追いかけてみずから親を捨てた。彼らは人買いに拾われるまで、路上で知恵を絞ってなんとか生きていた。
「兄さん、今は俺のパンを食べて。今度は二人で捨てられたから、きっとどこかにお菓子の家がある。グリム世界の法則では迷わないとそこまでたどりつけない。大丈夫、兄さんが俺のところに戻ってきたみたいに、きっと死なずにそこまで行ける」
「おまえは本当に不思議な話ばかりするな」
ヘンゼルはつぶやいたが、弟の話を信じていいとわかっていた。これまで何度かそうやって生きのびてきたからだ。
「レンナー、大丈夫かな」
グレーテルはレンナーが消えた方向をみつめている。
「あいつも人買いだぞ」
「でもヨハネスにひどい目に遭わされている。助けてやりたいくらいだけど、今は先に進もう。日が暮れるまえにどうにかしなきゃ」
弟は兄の手を引いて立ち上がらせた。木の根が迷路のように絡みあう春の森には日射しがまだらに降り注いでいる。兄弟はレンナーが去ったのとは反対の方向へ歩きはじめたが、まもなく道を見失ってしまった。
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