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ロウがすっと息を呑んだのがわかった。糸のように細い目が大きく見開かれる。
おれは逃げるように逸らされた視線を追いかけ、正面から真っ直ぐにロウの目を見つめた。
すると、耐えかねたように、ぐ、とロウは唇を噛み締める。
「……どこにも行かないでくれ。リュウ」
何度も何度も押し殺した末に、ようやく絞り出したような震えた声だった。痩せた手を握るおれの両手にぽつりと温かい水滴が落ちる。
戦友はひとり残らず殺されたし、妹はずっと昔に流行病で死んだ。ビスの奴は所帯持ちだし、親の顔は見たこともない。俺はひとりきりだがもう慣れたつもりだった。なのに、お前が来たから。ロウは苦しそうに顔を歪める。
「……朝起きてお前の顔を見ると安心するし、夜眠る前は怖くなる。目が覚めたらお前がいなくなってるんじゃねえかって」
そこまで言うと、ロウは両腕で顔を覆った。静かな呼吸の間に小さく啜り上げる音が何度も混じる。
「……俺が死ぬまでここにいてくれ。頼むから」
おれは喘鳴のような嗚咽を漏らすロウの肩に触れ、大丈夫だと強い口調で言った。
「約束する。あんたが死ぬまでここにいる。だから安心しろ。もう泣くな」
何度直そうと思ってもどうしても直らない、ぶっきらぼうな硬い声。それでもおれは伝え続けた。大丈夫だ。そばにいる。不安になったらすぐに呼べ。眠れないんだったら一緒に寝よう。大丈夫だ。おれがそばにいるから。
ロウはまるで氷が溶けるように涙を流し続けながら、たった一度だけ頷いた。
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