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第一話(起)
ロウという男に出会った時、おれはまだ十四のガキだった。
その頃はちょうど呑んだくれの親父が死んだばかりで、おれは母親とまだ幼い妹の食い扶持を稼ぐために奉公に出された。
預けられた先は、とある傷痍退役した元軍人が一人で住んでいる小さな一軒家。名前はロウというらしい。おれはその世話係を任された。
おれの仕事は大きく分けて三つ。部屋の掃除。買い出し。それから、風呂や着替えといった日常生活の介助。
どうやらロウは先の戦争で右足を吹き飛ばされ、その時に強く頭を打ったせいで残った手足にも麻痺が残っている状態らしい。特に腕の方の後遺症がひどく、スプーンを握る握力さえほとんど残っていないとか。
ロウは付き添いの男に「今日からお前の世話役になる子だ」と紹介されたおれを、ヘーゼル色の細い目で頭から爪先まで眺めまわすと、「ロウだ。よろしく頼む」とだけ短く言った。
ロウは足を吹き飛ばされたと聞いていた通り、右足は膝から下が無く、代わりに義足を付けて車椅子に乗っていた。
歳は三十過ぎくらいだろうか。けれど目の下にどろりと張り付いた濃い隈が、その男をもっと年取って見せていた。
おれは小さく首を突きだすようにして頭を下げ、「リュウ」とぶっきらぼうに名乗る。
ロウの長年の付き合いだという付き添いの男は、おれとロウの互いに無愛想な態度に苦く笑った。
「大丈夫かなあ。仲良くしろよ、お前ら」
付き添いの男は困ったように頭を掻く。そして今度はおれに向かって笑いかけると、「こいつはずいぶん困った奴だが、どうかよろしく頼むよ。大事な幼馴染でね」と丁寧に頭を下げた。
大人の男に殴られたり馬鹿にされたりは今までさんざんされてきたけれど、こんなふうに頭を下げられたのは初めてだ。
おれがびっくりして固まっている間に付き添いの男はさっさと身支度をし、おれの手に押し付けるようにして小さな紙切れを握らせてきた。
「名乗り忘れてたな。俺はビス。ここに連絡先が書いてあるから、困った時はいつでも頼ってくれ」
ビスと名乗った付き添いの男はそう言うと、ばたんとドアを閉めて行ってしまった。
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