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第二話(承)
「起きてるか、ロウ」
朝起きて一番にロウの寝床を確認しにいくと、ロウはもう目を覚ましていた。緩慢な仕草で首をこちらに傾けておれの顔を見上げる。
「よく眠れたか」
「ん、いや」
ロウの目の下には相変わらず濃い隈がべったりと張りついている。昨晩もあまりよく眠れなかったんだろう。
この間、医者によく効く睡眠薬を処方してもらおうかとビスを交えて相談したのだが、ためしに三日飲んでみただけで吐き気が止まらなくなり、日がな一日洗面器を抱えてぐったりとうずくまるようになってしまったので中断した。
おれはロウが体を起こそうとするのを支えてやりながら「風呂は入れそうか」と短く問う。ロウは「ああ」とうなずいた。
「服、脱がせるぞ」
いまだに服を脱がせる前には、そう断るようにしている。おれはロウがうなずいたのを確認してから、寝巻きを脱がせにかかった。
ぷつぷつと胸元のボタンを外すごとに、象牙のような肌と無数の古傷が露わになる。
胸元から左腕にかけて大きな火傷。へそのあたりに何本も走る擦過傷。脇腹の弾痕。それから背中にななめに刻まれたいくつもの創傷。
おれはそれをなるべく見ないようにしながら、裸になったロウの背中と左膝の裏に手を入れて横抱きに持ち上げる。
おれよりだいぶ背が高い男を抱き上げることに最初は抵抗があったが、最近はもう慣れた。
ロウの体にはあちこちにかつてあった筋肉の名残が見えるだけで、あとは骨と筋ばかり目立っている。まるで枯れ木を抱いているようだ。
おれより上背がある男の体重とは思えないほど軽いロウの体を抱いて風呂場へと向かい、シャワーの前の丸椅子に座らせる。
おれはロウに熱めのシャワーを浴びせながら「熱くねえか」と尋ねる。
「ああ」
ロウの返事はいつでも素っ気ない。最初は何も感じていないような無表情と相まって機嫌が悪いのかと思っていたが、それが素らしい。
おれもあまり口数が多い方じゃないから、こうやってほんの少しやり取りしただけで会話が途切れてしまう。
泡立てた石鹸をまとわせたタオルでロウの体を洗っていく。傷を受けた皮膚は他の色より濃く、ざらざらと複雑に隆起していて、手のひらの上で不思議な感触を生み出す。
傷によっては神経が切れていて触られても感覚がないところがある。背中の深い創傷がそれだ。しかし反対に神経を直に指先で触られているように感じるような鋭敏な箇所もあるようで、吹き飛ばされた右膝のすぐ下がそうらしい。ここを洗う時、ロウはいつも僅かに顔をしかめて、う、と小さくうめく。
「……この辺の傷も、まだ痛むのか」
弾痕の残る脇腹を濡れたタオルで丁寧にこすりながらそう訊くと、ロウは少し考え込んだのちに、居心地が悪そうに目を伏せた。
「……雨の日は、たまにな」
ロウはあまり痛いとか苦しいとか、そういう弱音を吐くことが苦手だというのは、おれがここにきて一週間くらいに知ったことだった。
その日は朝からなかなかベッドから起きようとせず、ようやく起こしても不機嫌そうに眉を寄せたまま黙りこくり、用意した食事も「食欲がねえ」とまともに摂ろうとしない。
そしてとうとう頭にきたおれが「朝からなんなんだてめえは。思ってることあるならはっきり喋れ」と迫ると、ロウの奴は絞り出すようにしてようやく「足が痛い」と言ったんだっけ。
その時のロウの顔色は真っ青で、額には脂汗が浮いていた。おれはこんななりでいつから我慢してたんだよと呆れたんだ。
最近はこうして訊けば答えるようになった分、だいぶましだけれど。
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