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おれはそれ以上傷については何も聞かずに、今度はシャワーで温まった体に直に触れていく。肩甲骨の周りや腰の辺りといった大きい筋肉の集まりを手のひら全体で少しずつ揉むと、ロウが気持ち良さそうに息を吐くのがわかった。
車椅子に座りっぱなしだと体が固まりやすい。だから時々こうして体をほぐしてやると、血流が良くなってよく眠れるようになるとビスから聞いた。それからは風呂に入るたびに必ず軽くマッサージするようにしている。
「朝飯はどうする」
「食欲がねえ」
「駄目だ。ちゃんと食え。元気にならねえぞ」
ロウの世話係をするようになって三ヶ月が経ち、ここの暮らしにもずいぶん慣れてきた。
まず朝起きてロウを起こし、飯を食わせ、二人分の服を洗濯して買い出しに出る。その合間の風呂や着替えの介助にもだいぶ慣れた。
ロウの方も最初は見ず知らずのガキに体を見られることに抵抗があったのか、服を着せようにも体を洗おうにもいちいち体を強ばらせてたが、最近はそれが薄れてきたのか、おれが触っても力を抜いて身を任せるようになってきた。
おれも最初はこいつの世話なんてごめんだと反発していたが、ロウは金払いもよく、親父と違ってその時の気分でおれを殴らなかったし、それならいいかと少しずつ気を許していった。
さすがに何度か買い物代をちょろまかしたことがバレた時には「またやったのかクソガキが」と拳骨を落とされたけれど。
でも時々、どうしておれはこの男を世話することが嫌じゃないんだろうと不思議に思う。
朝起きてからロウの顔を見て、元気そうだとなんとなく嬉しい。調子が悪い日に右足を抱えて痛みに耐えているところを見るのは、こちらまで苦しい。当たり前の心配とも少し違う。
うなされているのを見ると手を握りたくなるし、傷に触れたらどうすればこの痛みを取り除けるのだろうと考える。この男ともっと密接に関わりたいと思う、この感情はいったい何なんだろう。
ロウに触れながらそんなことを考えていると、突然「おい」と呼びかけられた。気付けばロウが眉根を寄せておれの顔を見上げていた。
「悪い、痛かったか」
「いや、痛くはねぇ。ただお前がぼーっとしてたから気になっただけだ」
おれは短く「大丈夫だ」とだけ返すと、今度は乾いたタオルでロウの濡れた全身を拭く。
「義足は付けるか」
「今日はいい」
「痛むのか」
「……少しな」
ロウは最近調子の悪い日が増えた。こうして今日は朝起きて風呂に入れているだけ調子が良い方で、悪い日は一日中ベッドから起き上がれず、何か食べてもすぐに吐き戻してしまう。
「すまん、湯あたりした。横になりたい」
ロウが縋るようにおれの腕を掴む。大丈夫かと顔を覗き込むと顔色が真っ青だ。細く吊り上がった目が生理的な涙で潤んでいる。横になりたいと自分から言い出すなんて、よほど辛いのだろう。
「謝らなくていい。おれの方こそ気付かなくて悪かった」
少しでも安心させようと声をかけたつもりだったのに、結局口から出たのはいつもの言い捨てるようなぶっきらぼうな言い方だった。
おれは来た時と同じようにロウを横抱きにして寝室へと戻り、なるべく振動を与えないように優しくベッドに寝かせる。
「おれはしばらくここにいるから、何かあったらすぐに言え。遠慮するな」
ロウは首を振るのがやっとというように力なくうなずくと、そのまま目を閉じてすぐに眠ってしまった。
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