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「……ここにいる」
おれは低く呟いてロウの手を握る。痩せて骨の浮いた、生気を感じさせない手。血の気を失って真っ白な指先はひどく冷たい。
「……ここにいるから。ロウ」
おれはロウの手を自分の額に押しつけて祈る。どうか、少しでも苦しみが和らぐように。
ロウがおれに色々なことを教えてくれたように、おれもロウに何か返したいと思う。
ロウが死ぬ時、せめてそばにいたのがおれでよかったと思えるように。
おれの両手の中でぴくりとロウの手が動く気配があり、顔を見るとロウが目を開けていた。どうやら起こしてしまったらしい。
ロウは夢現のぼうっとした顔でおれを見つめ、それからふっと口元を緩めて小さく笑う。
「……なんて顔してるんだ、おまえ」
「……あんたが魘されてるからだよ」
するとロウは喉の奥でくくっと笑った。
おれが何笑っているんだと眉をひそめると、ロウはかすかにおれの両手を握り返した。
「夢に、お前が出てきた」
「おれが?」
「ああ。今でも毎回同じ夢を見る。戦場のど真ん中で右足を吹き飛ばされた時のことだ。あの時、砲弾を撃ち込まれて気付けば足を失ってた。傷口から血が止まらねえし、おまけに両腕も動かねえ。わけもわからず激痛で『誰か助けてくれ』って泣き叫んでたら、お前が来て手ぇ握ってきた。不機嫌そうな仏頂面のガキが一丁前に『大丈夫だ』って励ましてくるんだ。……笑っちまうだろ」
ロウはそこまで話し終えると、疲れたように何度か咳き込んだ。
「……あんたが自分のこと喋るなんて珍しいな」
「普段話すこともねえからな。俺は自分が生き残るために罪のねえ人間を数え切れないほど殺したし、その成れの果てがこのざまだ」
ただ、とロウは言葉を続ける。ヘーゼル色の伏せた目がゆっくりと閉じられた。
「……夢ん中でお前が来てくれて嬉しかった。『ここにいる』って言われて安心したんだよ」
馬鹿みてえな話だけどな。ロウはそう言って苦笑したが、おれの手は離さなかった。
「おれはあんたの役に立てたのか」
おれはふるふると麻痺で震えるロウの手を強く握りながらそう問いかけた。
「馬鹿言え。お前は毎日役に立ってる」
ロウは何を今更と驚いた顔で言う。
「じゃあ普段からもっと態度に出せよ」
おれは思わずそう憎まれ口を叩きながら、じいんと胸の奥が熱く震えるのを感じていた。
だって今まで、役立たず。穀潰し。そんな言葉ばかりかけられてきたから。
「……あんたの役に立ちたい。何でもするから、何でも言ってくれよ。したいことはあるか」
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