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おじいちゃんは研ぎ師
僕は富貴一(ときはじめ)。おじいちゃんは富貴藤吉(ときとうきち)。ママは富貴八重(ときやえ)。
シュッシュッ・・・シュッシュッ・・・
リズミカルな音がおじいちゃんの仕事場から聞こえる。砥石と金属のこすれる音と、綺麗な水と質のいい粒子のにおいがする。おじいちゃんは腕のいい研ぎ師で世界中から刃物を研いでほしいと注文が殺到していて、いまは2年まちでもいいというお客さんしか、注文を受けないんだといってる。
なにしろミシュラン5つ星のシェフが包丁を預けに来る、といううわさがうわさをよんで、そのシェフがSNSで「富貴に研いでもらえば料理が100倍美味しくできる」なんて書きこんだから、余計に最近はすごいことになっているみたい。
今日も勝手に刃物を送り付けてくる人がいたらしく、宅配屋さんに受け取り拒否ということで送り返してもらったってママが言ってた。
「もー、ホント。予約もなしで刃物を送り付ける神経って頭おかしいんじゃないの?人様にモノを頼むんだったら、それなりに礼儀ってもんがあると思うんだけどなー。」
ぷんぷん怒ってる。こういう時は近寄らない方がいい。
ママはデイトレーダーだから売値や買値を指しているときに、そういうのが来て運悪く、売買のタイミングを逃すとそりゃーもぉ大変なんだ。2.3日、ずっとぐちぐち「呪ってやるー恨んでやるー」って言ってることもあるくらいだもん。
今日はまだましな方。
あんまりママの邪魔になるタイミングじゃなかったみたい。
パパは「遠くに行っちゃっていない」ので、母子家庭でワンオペで僕を育ててるからね。おじいちゃんとは同居しているというか、作業場が広いので、僕とママの住んでるエリアと作業場と、おじいちゃんの住んでるところが並んでる感じ?
ママはパソコンとかITとか得意だから、おじいちゃんの注文の管理なんかも引き受けている。
「タダで住まわせてもらってるんだから、それくらいはしなきゃ。」
前に家賃を払おうとしたら、「それは孫の教育費にしておけ」と
受け取ってくれなかったらしい。
「そんな心配しなくてもいいくらいは稼いでるんだけどなあ。」
ママは腕がいいトレーダーらしくて、外で働くよりは確実に稼いでいるみたいだ。見かけはいつもジャージの部屋着で、ダサダサだから近所の人もおじいちゃんに養ってもらってるって思われてるみたいだけどね。外に出るときも、髪の毛はぼさぼさだし、100均のサンダル履いてコンビニにもいっちゃうから「気の毒な母子家庭」みたいに見えるんだろうなー。
僕もジャージの方が楽だから、ママと似たような恰好で学校に行ってるけどね。いじめられないかって?こうみえて、おじいちゃんに居合と古武道を習っているんだ。おじいちゃん、刀の研ぎが本職っていつも言ってるから武道の心得くらい無いとまずいらしい。だから、休みの日はけいこをつけてもらったりしてるんだよね。
この前も階段で後ろから突き飛ばされそうになったことがあったけど、階段の近くに鏡があって丸わかりだったから、くるっと向きを変えて「水地くん何か用?」って言ってやったら悔しそうな顔をして睨み付けてきたけど、そんなの怖くないし。
どうも前におじいちゃんに包丁を研いでほしいって、直接うちに来たことがあるらしいんだ、そいつのママ。「2年後になりますが」って言っても
らちが明かなくて、ずいぶんごねたらしい。
「ちょちょっと研いでくれればいいんですよ。」
「そういうわけにはいきません。」
おじいちゃんと押し問答しているとママが助け舟のつもりで
「お父さん、お引き受けになったら?その代わりお待たせしている方たちに申し訳ないので、その方たちの分の料金もお支払いいただけたらってことでどうですか?」
ってニヤニヤしながら割って入ったことがある。意外とママは腹黒いし計算高いんだ。
「えっ、わたしが支払うの?近所のよしみでタダでお願い・・・。」
「これ以上、お話しても無駄ですな。」
「まぁぁぁ、断るんですか。私がこんなに頼んでるのにっっ。ここはとんでもない研ぎだっていいふらしてやるっっ。」
「どーぞーー。いまの全部、そこのカメラで録画と録音してあるんで。なんなら弁護士よびましょうか?今後、悪い噂が立ったらお宅が言いふらしたんだということで損害賠償請求させてもらいますけど。お待ちの中には有名な弁護士さんもいらっしゃいますしね、お父さん。」
「あー、そうだったな。鷹の羽弁護事務所の所長だったか。」
「あ、いえ。もぉ帰りますからっっ。」
バターンと思いっきりドアを叩きつけるようにして言い捨てて逃げるように帰っていったって、後から話してもらった。
そんなことの後から、学校ではちょっと気をつけるようにしている。ママには言わない。じいちゃんにも言わない。だってうちは悪くないんだし。ルールを守らない方がいけないよね。
家に帰る途中、僕は神社によっていく。ここの神社はじいちゃんと何回か来たし、帰り道にあるから時々拝んでいくんだ。パンパンと手を打って頭を下げていると風が吹いて周りに植わっている木がざーーっと葉を鳴らした。
頭を上げて、鳥居をくぐって帰ろうとすると狛犬が何か咥えているのに気が付いた。
あれ、さっき通った時にこんなもの咥えてたっけ?
そう思ったときに、その咥えている棒のようなものが足元に落ちてきた。
カラン、と音がして転がってきた棒を拾ったら意外と重かった。
これって、ひょっとしたら・・・刀??
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