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 それからの僕は坂道を転げ落ちるように目標を見失って転落していった。あれだけ拘り続けた演劇にも意味を見出せなくなった。口では劇団のみんなはデカイ事を言う。 「女なんていくらでもいるじゃん」 「売れたら後悔するんだよ、そういう奴は」 「で、元カレは俳優なんだと自慢して、周りから引かれるタイプになると」 安い居酒屋で交わされる強がりの鎧を脱げないトーク。今までなら一緒に楽しく盛り上がれたのに、内心は辟易としている。場を壊さないために楽しんでいる演技をしてしまう。 「だよな、今にみてろって話」 豪快に笑った声と表情はオーバーになっていないか、周りの様子を伺う。誰も気づいてないようで、馬鹿笑いから演技論の話に移る。  何度繰り返しても飽きなかった、演技、演劇、作品の熱い議論だったのに。急に無味乾燥な湿気取りのシリカゲルの粒が、仲間の口からポロポロと零れているように見えた。 まだ箸を使うことすら覚束ない子供が、食事をしようとして口の端から次々と食べ物をこぼす。食べこぼしで汚れた服を母親に布巾で拭いて貰うのを待っているのか、ちらりちらりと母親の方に視線を送る。母親は濡らした布巾でトントンと染みにならないように子供の服を拭く。 ここにいる連中は、食べこぼしで汚した服を拭いてくれる母親を求める子供と同じだ。勿論僕も含めて。売れたらイイ女と付き合える、売れたら金に困らない、売れたら世間を見返せる。その可能性があるほどの才能と実力はないのに。演技力を高める努力もしないのに。ただ、好きな芝居をのんべんだらりと続けている。  まるで長年の恋人に一瞬で冷めたように、演劇への情熱が消えた。僕は劇団を退団して、なぜかついでにアルバイトも勢いで辞めてしまった。 「新しい道を探すためには一度全てをリセットしなければならない」 自分を追い込めば何かが大きく変わるような気がした。それが悪い方へ転がる急勾配の下り坂だと、そのときの僕は気づけなかった。
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