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 系列店舗から移籍しくるキャストがいる。この店のオーナーは複数の店舗を持っていて、キャストの希望であったり、店側の売上の都合であったり、移籍は時々あるらしい。 移籍してきたのはなんと…。馴染み客を大量に抱えた元彼女だった。お互いに気づかないフリをして見ず知らずの他人を装った。「店内恋愛禁止、罰金300万」、重過ぎるペナルティだから。 それとなく元彼女の移籍の事情を黒服の先輩に尋ねると、 「ナリアさん、No.1獲ってみたいからここに来たってよ。前の店は不動のNo.1がいるから。この店、平均点は良くても突き抜けた子がいない。No.2だったナリアさん移籍させて目立つキャストが店も欲しいんじゃねぇの」 「なるほど、ナツ…じゃなくてナリアさんを看板にしたいんですね」 菜摘と元彼女の本名を呼びそうになって、すんでの所で源氏名を思い出す。 「店とキャスト、お互いにWin-Winの移籍」 先輩はナリアの本名を呼びそうになったことに、気づいていないようで良かった。それより、なぜナリアこと菜摘が水商売なんかやってるんだ。稼ぎが安定した同じ職場の先輩の彼氏を見つけて、フリーターの僕を振ったのに。正社員同士で上手くやってると思っていた。  僕の謎は職場の明け方の飲み会で明らかになった。ナリアこと菜摘は卒業後就職した会社をすぐに辞めていて、昼キャバ、昼間に営業するキャバクラに務めていた。 「だってさ、昼職はお金にならないじゃん。26までこの世界で働いてガッツリ金を貯める。それから昼職に戻る。27歳以降はよっぽど魅力ある人しか残れない」 ナリアの言い切りにヘルプ専門の子が媚びを売る。 「計画的で尊敬します。ナリアさんなら10年後は銀座でお店持ってそうなのに」 ヘルプ専門の子の媚びに別のキャストが茶々を入れる。 「でもさ、職歴どうすんの?アリバイ会社はあるけど空白は?まともな職歴ないのに」 半分小馬鹿にしてるミウさんはまだ24歳なのに鋭い。彼女は昼職と夜職の掛け持ち組。 「アリバイ会社では事務になってるから、パソコンが使えるように休みに勉強してる。あとこの系列グループがまだ小さい頃、経理も少しだけやってた。大学行って、サークルやって、キャスト兼経理で忙しかった」 なんだって?大学の演劇サークルにいた頃から、そんな仕事をしてたのか。この世界独特のけばけばしい身なりと髪型は、ロッカールームで全部変えて髪は下ろして、メイクは控え目にしてから帰ることも出来る。黒服で働きはじめて知ったが、別人のように変わる女を何人も見てきた。元彼女はその中の一人。ブラックジョーク並みだ。 「ナリアさん見習って私も勉強するか。嫉妬しちゃった、悪い、ごめん」 ミウさんが引き下がったように見えたが、少しだけ皮肉の余韻を残していた。 ナリアさん歓迎会という名目で開かれたその会はナリアの奢りで開かれた。キャストの中には、ヘルプというキャストのお手伝いをするアシスタントの役割を担う子がいる。中にはヘルプ専門の子もいるので、こういう子達にご馳走しておくとキャストは仕事がやりやすくなる。黒服は全員に細やかに目を配る立場だが、系列店No.2の移籍なら「キャストが奢って当然」という空気を醸し出していた。黒服と上手く連携しないと仕事にならない。頼んだお酒やフルーツを持って来たり、指名による席移動を采配するのは黒服。 黒服達はここぞとばかりに目一杯飲み食いする。キャストと違ってそこまで高給ではないので、普通の仕事より気持ち多く稼げる程度だ。僕もキャストの奢りなので遠慮なく飲み食いする。変に遠慮して黒服の先輩にナリアが元彼女だとバレたくない。 宴もたけなわな頃、調子に乗ってハイペースで飲んでいたナリアが呟いた。 「男なんてさぁ、そこに正しい道が一本あるとしても抜け道を探す事に喜びを見出だす。浮気がその典型例。最初の道が歩きやすく舗装されてると物足りなくなる。抜け道がなければ自分で獣道まで作り始める。そんな不確かな存在より、世の中はお金。金は自分で使い道を決められる。正しい道を選べば貯まるし増える。間違えた道を選べば散財や浪費で生活苦。お金なら道は自分で決められる」 ナリアの名調子にみんな頷いている。流暢な演説とも取れるその発言の最後、ナリアは僕を侮蔑するような目で一瞬だけ睨みつけた。
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