愛から遠く離れて

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郊外にある大型のスーパーに向かって車を走らせている。 まだ補修されたばかりのアスファルトの道の油くさい香りが窓を閉め切っている車内にも漂っていた。 「ここはね、時速42キロをキープして。」 「このまま左の車線で行けばいいんだね。」 「そうよ。そしたら、赤信号に引っかからないで、信号6つはいけるはずよ。」 そんな会話をしていると、追い抜き車線から、派手な外車が、内臓にも響きそうな大音量のエンジンの重低音を振りまきながら、颯爽と追い抜いて行った。 「バカね。あの車。あんなに飛ばしても、4つ目の信号であたしたちと同じになるわ。」 「マリコは、いつも冷静なんだなあ。」 「冷静と言うより、科学的なのよ。そうでしょ。理屈を考えないで行動するなんて、どうかしてるわ。いろんなシチュエーションを想定して、それで1番を決めて、決まったら実行する。そういうことでしょ。」 「クールだね。マリコは。」 「ん?悪口?」 「カッコイイって意味だよ。そうだ。帰りは、何か食べて帰る?」 「ええ、それもいいわね。帰ってから作るのも面倒くさいし。タクミさんは、それで構わないの?」 「もちろんだよ。じゃ、何がいいかな。和食かな。それとも洋食。そうだ、最近、家の近くにインド料理出来ただろう。あそこはどうかな。」 「うん。いいわね。あ、そうだ。インド料理も良いけどさ、焼き鳥なんてどう?車を置いてさ、駅の斜め前にある焼き鳥屋さん。久しぶりにお酒も飲みたい気分だわ。」 「ああ、いいよ。焼き鳥、じゃ、候補の1番は、焼き鳥屋。それでもって、定休日だったら、2番はインド料理。で、最後は、洋食。この順番だね。」 「いえ。あたし、絶対に焼き鳥がいい。もう焼き鳥の口になっちゃったんだもん。1番の焼き鳥!」 「いいよ。でも、マリコは、いつも1番がいいんだね。」 「そうよ。あたしは、1番でなきゃ、いやなの。」 タクミは、マリコと結婚して、そろそろ20年になるけれども、マリコのそういうところが好きだった。 何でも、ハッキリとしている。 1番が好きで、綺麗なものが好きで、可愛いものが好きで、美味しいものが好き。 ただ、いささか、ステレオタイプであるのが、見ていて悲しいと思えるところでもあり、可愛く思えるところでもあった。 あれは、付き合って間もないころ、学生時代の写真を見せて貰った時だ。 友達と写っている写真には、Tシャツにジーンズのマリコが嬉しそうに立っていて、肩にかけていたのがルイヴィトンのショルダーバッグだった。 彼女の中では、ルイヴィトン、イコール、1番だったのだろう。 今でも、1番がいいという発想は、変わってはいない。 マリコは、タクミの取引先の事務をしていて、それが付き合うキッカケだった。マリコの会社を訪問するたびに、その明るさに惹かれていって、気が付いたら、いつもマリコのことを考えるようになっていた。 そして、付き合うようになってからは、プロポーズまでは、早かった。 3ヶ月も経ってなかっただろう。 タクミが、マリコに猛アピールしたのである。 マリコとの結婚生活は、ごくありふれた普通の、どこにでもあるような結婚生活とでも言うのだろうか、別にこれと言った不満もなく、別にこれと言った飛び上がるほどの奇跡もなく、ただ、楽し気に、日々が流れていた。 でも、それが幸せと言うものだと、タクミは感じていた。 しかし、そんな幸せが、こんなにも早く崩れるものだということに気づかされる出来事が起きたのである。 いつも、明るいマリコが、どうも元気がないなと感じていた。 「あのさ。今日ね、病院に行ったのね。そしたら、最近、調子悪いって言ってたでしょ。あの原因ね、子宮ガンだったの。ねえ、びっくりでしょ。」 マリコは、普段の明るさで言った。 「ちょ、ちょっと待って。ガンって、どういうこと。」 「だから、子宮にガンが出来てるんだって。ほら、お腹痛いって言ってたでしょ。それが原因だったみたい。」 「それで、先生、どうだって言ってるの?」 「うん、それなんだけれどさ。今度、先生が、タクミさんにも、その説明したいから、時間作ってほしいんだって。」 「それは、もちろん、聞きに行くよ。でも、心配でならないよ。」 「ありがとう。でも、心配しても仕方ないからさ。そんな心配しないでよ。」 「うん。解ってるけど。心配は、仕方ないよ。でも、マリコは、強いね。」 別に強い訳じゃないよ。 ただ、こういう状況になっちゃったんだから、それを受け止めるしか、方法がないだけなんだよ。 あたしが、強いって思ってるの、間違ってるよ。 そう、マリコは、思っていた。 説明をしてくれる先生は、50才ぐらいだろうか、医者として経験も技術も、十分に積んで来たという自信に満ちた表情で、ニコリと笑いながら、マリコとタクミに説明をした。 「まずは、手術で患部を摘出しましょう。それから、しばらく手術の後遺症で痛みがあれば、痛み止めと、それと念のための抗がん剤で、転移をしないようにして、ひょっとして転移するようなことがあったら、放射線療法を行いましょう。まずは、安心して手術に臨んでください。一緒に、頑張りましょう。」 その優しい語り口と、ニコリと笑う表情で、ああ、そこまで悪い状況じゃないんだという安堵感と、この先生に任せておけば大丈夫だと言う期待が、タクミとマリコを包むように生じ始めていた。 「ねえ。帰りに、あの焼き鳥屋に寄って帰ろうよ。」 「そうだね。食欲は、大丈夫なの。」 「うん。先生の説明を聞いたら、元気出て来たよ。」 タクミが、先生に呼び出されたのは、翌日だった。 タクミだけ来て欲しいと言うのだ。 「実は、本人に言うべきか、どうか、御主人の意見を聞きたくて、お呼びしたのです。実は、奥さんは、もう、すでに転移が始まっています。なので、今度、手術をしても、患部を全部摘出するというのは、無理なんです。なので、これからの治療の方針と、このことを奥さんにお伝えすべきかどうかの相談をしたいのです。」 それを聞いて、タクミは、血の気が引くのを覚えた。 「先生、一体、どうすればいいのですか。」 「なので、それを相談したいのです。手術は、とにかく、した方がいいです。それで、奥さんも、しばらくは、楽になると思います。でも、転移が進んでくると、あとは、抗がん剤と、放射線しか方法がありません。それで、かなり延命が可能かと。」 「、、、延命。先生、延命って、治らないってことなんですか。」 「それは、何とも言えません。ただ、今までの患者さんの状況から見て、そういう可能性が高いと。。」 「じゃ、余命っていうか、、、。」 「ええ、もって1年。延命が上手くいけば、2年ぐらいは生活できる状態でいられるかと。」 「1年って。」 タクミは、言葉を失った。 「それで、奥さんには、このことは、説明しますか。」 「いえ。言わないで下さい。最後まで、生きる希望を失わないでいてほしいので。」 帰り道、タクミは、大声を出して泣いた。 歩きながら、泣いた。 歩道に落ちた街路樹の大きな葉が、カサカサと乾いた音させて踏みつぶされていく。 すれ違った人が、タクミを、どう見てるかなんて、どうでも良かった。 ただ、横隔膜が、まるで痙攣したように上下に動くのを押さえることが出来ずに、その度に、胸から悲鳴のような声が出た。 こんなことが起こるなんて、もう神様なんて、信じられない。 タクミは、正月にマリコと買ったお守りを、地面にたたきつけた。 「なんだよ。こんなお守りなんて、意味ないじゃん。」 先生が、1年と言ったなら、それは半年と言う事だろう。 それは、タクミの親の時も、そうだったから、解ってしまうのだ。 マリコという1番大切な人が、1年後に、自分の前から消えようとしている。 ああ、この今と言う時間が惜しい。 こんなことなら、交通事故で、一瞬にして死んでしまう方が、よっぽど、気持ちの整理ができる。 目の前の、愛しい人が、少しずつ、少しずつ、弱っていく。 こんな残酷なことがあるのだろうか。 その夜、家に帰ると、マリコは、テレビでお笑い番組を見ている。 「あ、お帰りなさい。ちょ、ちょっと待ってね、今、面白いとこなのよ。」 ちょっと振り返って、タクミにそう言ったら、またテレビを見ている。 その首の後ろの白い肌が、どうにも哀れに見える。 自分の運命を知らずに、笑っているマリコが愛おしく、後から抱きしめたくなったが、それを堪えて、風呂に入った。 ああ、いつか、テレビのお笑い番組も見ることが出来なくなるという未来を、マリコが、気が付いていないことが、可哀想でならなかった。 その後、マリコは、無事、手術も終わって、患部を取り除いたせいだろう、身体の不調は、一時的におさまっているようだ。 この瞬間を忘れたくない。 今、マリコがいるこの時間を忘れることは、マリコとの生活を忘れると言う事だ。 マリコが、この世に存在しているという事実を証明できるのは、自分の記憶だけだと、タクミは、考えていたのだ。 そんな時に、マリコの同僚から電話があって、手術の成功のお祝いと、同窓会のようなものを兼ねて、飲み会をしようと言う事になったようだ。 「そうなの。じゃ、体調も良いし、参加しようかな。あたしが主役って、それ、あたしをダシにして、ただ飲みたいだけなんでしょ。あはは。えっ?木村君も来るの?いやだあ、それは、昔の話よ。あたしは、既婚者なのよ。でも、久しぶりに会ってみたい気もするな。」 そう電話で話している会話をタクミは、何気なく聞いていた。 ただ、その会話に出て来た木村という男の名前が気になっていた。 木村という人間のことは、タクミが結婚する前に、同僚の女性のケイコさんから聞いたことがある。 マリコが好きだったらしい。 もっと言うなら、マリコが1番好きだった人らしいのだ。 それなら、何故、僕と結婚したのだろうか。 あれだけ、1番が好きだったのに、その1番じゃなく、2番の僕と結婚した。 いや、そもそも、僕は、2番だったのか。 それ以前に、マリコは、僕を愛していたのだろうか。 タクミは、漠然と、そんなことを考えていた。 「あのさ、こんど、前の職場の同窓会って言うか、あたしの手術の成功をお祝いしてくれる会を開いてくれるんだって。」 「そうなんだ。行ってきたらいいよ。気分転換にもなるしさ。きっと、楽しいんじゃないかな。」 「そうだね。じゃ、来週の土曜日なんだけど、昼飲みしてきちゃうね。」 マリコは、今でも、木村と言う男の事が好きなのだろうか。 そして、マリコの中で、今でも、木村と言う男は、1番なのだろうか。 いくらなんでも、20年前のことだし、それはないかとタクミは、ホッとしている自分に気が付いていた。 タクミにとって、マリコは、1番大切な人だ。 その大切な人が、これから、日々、弱って言って、ついには、タクミの前から姿を消すことになる。 もし、マリコの1番が、僕じゃなかったら、、、。 そんなことを考えていた3日後に、タクミは、木村に会っていた。 昔のマリコの同僚のケイコさんから、連絡先を聞いたのだ。 「こんなことを、あなたにお願いするのは、僕としても、それでいいのかという気持ちはあるんです。でも、お願いしたいのです。今度、同窓会というかお祝いの会に、木村さんも出席されると聞きました。そこで、お願いと言うのは、その時に、マリコを口説いて欲しいのです。そして、会が終わってから、マリコを誘ってもらえませんか。そして、抱いてやって欲しいのです。」 「ちょ、ちょっと待ってください。あなた、何を言ってるのか自分で解ってるんですか。それに、マリコさんを抱くって、それ、意味が分かりません。」 「そうですよね。こんなお願い普通じゃないですもんね。」 タクミは、木村に、マリコが、あと1年も持たないこと。そして、同じ会社で働いていた時に、1番好きな人だったこと、そして、今もまだ、木村の事が好きなら、死ぬ前に、1番好きだった人に抱かれて、そして、見送ってやりたいと思っていることを、説明した。 「幸いにしてというか、あなたは、まだ独身だと聞きました。ご家族にご迷惑をおかけすることもないですし、マリコが1番好きだった人に抱かれて、そして死んでいけるなら、その道を、僕は選択したいのです。」 木村は、マリコさんが、その時になって、そして、そういう気持ちがあるなら、あくまでも、マリコさんが望むならという条件で、それに答えるということで、タクミの提案に応じることにした。 そして、当日である。 マリコは、終電が終わってしまって、もう泊まってくるのかもしれないというぐらいの時間に、家に帰ってきた。 「あ、まだ起きてた?ごめんね。遅くなっちゃって。」 「うん、大丈夫だよ。それで、会は楽しかったの?」 「楽しかったーっ。じゃ、シャワーして寝るね。」 お風呂の扉を開ける時に、ちょっと振り返って、「行って良かった。ありがとう。」と、タクミに言った。 木村という男と抱き合ったという、後ろめたさなど、微塵もなかった。 いや、果たして、マリコは、木村と寝たのだろうか。 そんなことは、どうだっていい。今日もマリコが楽しかったのなら、それでいいんだ。 とは思ったのだが、ただ、事実だけは確認したかった。 タクミは、木村に電話を入れた。 「ええ、抱きました。、、、それはもう、、、。あ、いや。」 何かを言いかけたが、タクミは、それを聞かなかった。 やっぱりマリコは、抱かれたのか。 いや、抱かれたと言う受動態ではなくて、マリコが抱いたのかもしれない。 どっちにしたって、そういう関係になったという事実は確認することが出来た。 それにしても、マリコは、所謂、タクミ以外の男と、そういう関係になっても、タクミに対して、何の罪悪感も感じない女だったのかと、これは恨みや怒りではなく、知らなかったマリコを発見したような気持だった。 ひょっとしたら、あの夜に、マリコの新しい道が、マリコの前に出現したのかもしれない。 それ以来、どうも、マリコは、昼間に木村に会っているようでもある。 そんな日は、決まって、夕食が、凝ったフランス料理のようなものが食卓に上がった。 マリコのテンションが上がっているのか、それとも、百貨店の総菜売り場で買った出来合いを再調理したものなのか。 ただ、タクミは、それでも、悲しくは無かった。 マリコが、残りの短い時間を、僕と結婚した20年と言う時空を遡って、1番愛している人と会っているということを、嬉しく感じるところがあったからである。 そんな生活も、3ヶ月とは持たなかった。 マリコの入院生活が始まったのである。 転移が数カ所に広がっていた。 抗がん剤治療で、少し痩せたか。 「ねえ。タクミさん。あたしと別れてくれない?」 「どうしたんだ、急に。」 「こんな病気のあたしがいたら、あなたの足手まといじゃないかなって。」 「そんなことある訳ないだろう。」 そう言うと、マリコは、ちょっと寂しそうな表情を浮かべた。 「そうよね。」 「ひょっとして、木村という男に関係してるのか?」 マリコは、相当驚いたようで、しばらく黙っていたが、こう言った。 「あたしって、ひどい女よね。白状しちゃうと、そうなの。木村さんと一緒になりたいの。だから、別れてって、あたし、人として終わってるね。」 「今でも、付き合ってるのか。付き合ってるのなら、それでいいよ。僕と結婚してたって、木村という男と付き合えるじゃない。別に、離婚する必要ないよ。だって、僕は、マリコに傍にいて欲しいよ。」 「ごめんなさい。そうよね。本当にごめんなさい。」 そう謝ったマリコの気持ちは、本当だった。 窓を開けると、向かいのビルの工事の音が、急にうるさく聞こえてきた。 それにしても、それでいいのかと、タクミは自問していた。 タクミが1番愛しているマリコと言う人間が、自分と結婚しているという理由で、1番の幸せを放棄しなきゃいけない。 タクミが、マリコが1番好きで、傍にいて欲しいと言う気持ちと、マリコを1番幸せにしてあげたいという気持ちと、秤にかけたら、タクミにとって、どちらが重いのだろうか。 そして、マリコは、20年、一緒にいたタクミの気持ちを無視してでも、過去に好きだった人と一緒にいたいのだろうか。 自分じゃダメなのだろうかとタクミは自分に投げかけてみた。 、、、自分じゃ、ダメなんだね。 「じゃ、また明日来るね。、、、それからさ、やっぱり、僕たち別れよう。うん。そうしよう。」 タクミは、何度も頷きながら、ケイコに言った。 マリコは、「本当に?」ただ、そう言っただけだった。 それからは、病室で、木村に出会う事もあったが、そう言う場合は、タクミが先に帰るようにしていた。 タクミは、もう過去の男だったからだ。 「本当に、こんなことになって、スイマセン。」 「いや。もともと、マリコを抱いてくれと頼んだ僕が原因なんだから。それよりも、1つ確認したいことがあるんです。木村さんにとって、マリコ、いや、マリコさんは、1番の人なんですか?」 「1番というか、そんなこと考えたことありません。嫌いでは無いです。ただ、普通の人です。というか、会ってみて、こんな言葉を遣うと誤解されるかもしれませんが、何か哀れを感じるというか。」 タクミは、木村には、マリコが1番であって欲しいと思っていたが、相思相愛なんてことは、そうそうあるもんじゃないのだろう。 余命1年と言われたマリコの命も、1年どころか、4ヶ月で幕を下ろそうとしていた。 意識が混濁し始めたころ、マリコはうわごとを呟きだした。 「しんちゃん、あたしの事、1番好き?あ、ダメ、そこ崖よ。行っちゃダメ。あぶない。」 意味の分からない幻想を見ているのだろうけれど、しんちゃんというのは、木村の事である。 「じゃ、あとは、よろしくお願いします。」 そう言って、タクミは、木村に向かってお辞儀をして、病室を出た。 今の彼女の頭の中には、もうタクミはいない。 詰まり、タクミは、もうこの世に存在しないことになってしまったのだ。 そうなると、タクミとマリコの20年という歳月は、何だったのだろう。 タクミの中には、確かにマリコが存在する。 ディズニーランドで、ミッキーの帽子をかぶって満面の笑みを浮かべているマリコ。 何も無い平坦な道でこけて、骨折して腕を吊っているマリコ。 そんな特別の時間じゃなくても、テレビを見ている後姿。 それらの全部が、マリコが存在していた証拠であり、今も、存在しているのである。 もう、タクミのことなど忘れてしまったマリ子が、1番好きな人に看取られて、この生を終わらせようとしている。 その1番好きな人は、マリコを1番好きじゃない。 そう思うと、マリコが哀れで仕方が無かった。 1番好きな人に、嫌われてはいないけれども、何とも思われていない。 まるで自分と同じ状況じゃないか。 君を幸せに出来ない僕で、ゴメン。。 葬儀は、木村がすべて執り行った。 それがマリコの願いのような気がしたからだ。 ただ、葬儀の費用も、墓代も、すべてタクミが支払ったのは、これは当然だろう。 タクミは、そこにはいなかった。 そして、3か月後。 マリコの墓の前に、タクミはいた。 花も何も無い、ただの墓石。 でも、この墓に、自分は入ることになるのだろうか。 マリコは、入って欲しくないと思っているんだろうな。 それにしても、マリコとの20年間は、何だったんだろう。 あれだけ、楽しかった日々は、本当にあったことなのだろうか。 「ああ、会いたいよ。マリコに会いたい。」 そう呟いたタクミの言葉を、名前の知らない鳥の声が、爽やかに打ち消した。 帰路の道に、黄色い名前を知らない花が咲いている。 駅までの真っすぐの道だ。 その横を、バイクが派手な音を立てながら猛スピードで走っていく。 「バカだな。次の信号で引っかかるよ。」 バイクは、難なく、青信号を突っ走って行った。 やけに砂ぼこりの立つ殺風景な道だ。
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