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世界征服の季節ですね
ローレンシア大陸は人間が暮らす平和な大陸だったが、10年前から魔王軍が侵略を始めた。
だが魔王軍は侵略した土地に住む人間を支配したり、人質にして金品を要求する訳ではなく、ただ土地から追い出しただけだった。
しかしながら領土を奪われたことに変わりはないので、それを取り戻そうと考えたビギン王国は勇者を募り魔王を打ち倒そうとした。
これまで、のべ101人もの勇者が魔王を倒すべく仲間と共に旅立っていった。
しかしながら彼らのほとんどは帰らぬ人となっている。
逃げ延びることに成功した数少ない人間に魔王について尋ねると、以下のように返した。
「あんな化け物誰にも倒せないです」
「一瞬で人間を凍らせることができるんだぞ!死んだかと思った」
「大広間にこれまでやって来た勇者たちを氷漬けにして飾っていたんだ」
ここで一つ、疑問が生まれる。
なぜ勇者は全員魔王城に辿り着くことができたのか?
魔王討伐には力が及ばなかったとしても、城にたどり着くことには全勇者が成功している。
その理由には、ある男が関係していた。
その男の名前はトレイル。
彼は魔王軍に強い恨みを持っていた。
旅行が大好きで、各地の絶景を巡ることが彼の生きがいだった。
世界最大の滝や、山よりも大きな樹木、そんな自然溢れる絶景を彼は愛していた。
大陸はもちろん、この星の中で行ったことがない国はほとんどなかった。
しかし10年前、魔王軍が侵略を始めたことにより、絶景のあった場所も魔王の占領下となり、人間は立ち入ることができなくなった。
これ以上魔王軍を野放しにすれば、絶景を見ることができなくなってしまう。
そう考えた彼はどうにかして魔王を倒す術を考えた。
しかしながら彼には恵まれた戦闘能力なんてない。
具体的な方法が何も思い浮かばず、途方に暮れていた彼に嬉しいニュースが飛び込んできた。
ビギン王国が勇者を募り始めたのである。
応募者に対して厳しい訓練を王国騎士団の中で1年間行い、それに耐えぬいた者を勇者として選抜することになった。
トレイルは剣術の経験がある訳ではないので、応募したところで勇者になれないのは明らかだった。
それなのにも関わらず、何故このニュースは彼にとって嬉しいものだったのか。
彼は持てる知識を活かして選ばれし勇者のサポートを行うことは可能だと思い付いたのだ。
彼が活かそうと考えたのは、大陸全土に及ぶ地理の知見だ。
旅行中に得た知識や行路の記録、書き溜めた地図、それらを活かす時が来た。そう彼は思った。
勇者パーティに自分も加えてもらい案内役を務めればいいんだ。
魔王を討ち倒すことに貢献できる!
彼はその思いを胸に、ビギン王国の城へ直談判しに向かった。
しかし、結果は散々なものだった。
そもそも勇者のパーティに加わる案内役は地理に詳しい名家の人間から既に選ばれていた。
それだけならまだしも、城の人間はトレイルに対してこう言い放った。
「そもそも君さぁ、ただの旅行好きの平民でしょ?」
その言葉は、平民であるトレイルごときを世界の命運を懸けた冒険に参加させるわけがない
という意味だった。
トレイルは悔しかった。
長年に渡り得た知識や経験、描いた地図さえも見てくれず、ただ平民というだけで能力がないと決めつけられた、その事実に彼は咽び泣いた。
彼の中の魔王への恨みが王族に対するものへとと傾斜しかけた。
一晩泣いた後、彼はある決心をしていた。
勝手に勇者の道案内をしてしまえばいい。
ろくに能力の判断もできない王族が選んだ人間など信用できない。
自分こそが魔王城までのガイドをするにふさわしい!
そう考えた彼は、自分も冒険の準備を始めた。
自分が描いた地図、スコップやシャベル、食料など、ガイドに必要なものを鞄に詰め込んだ。
1年後、いよいよ勇者が旅立つ日となった。
城では壮行会が実施された。
さらに壮行会の後は王都に住む者たちが城から郊外の森へと出る門までの沿道に集まり、まるでパレードのようになっていた。
そのころ、トレイルは郊外の森で勇者たちを待ち伏せしていた。
中々やって来ない勇者たちに苛立ちを覚えながら、彼は待った。
3時間後、やっと勇者のパーティがやってきた。
内訳は勇者と魔導師、そして名家から選ばれた案内役の3人だ。
トレイルは近くの木陰に身を隠しながら、彼らが横を通り過ぎるのを待ち、そこから後をつけることにした。
しばらく歩くと、勇者たちの前に2つに分かれた道が出てきた。
勇者一行は立ち止まった。
1つの道は人が歩ける程度には整備されている道だ。
しかし、もう一方の道を見ると奥には雑草が鬱蒼と生い茂って薄暗くなっており、進むのは骨が折れそうな道となっている。
整備されている道はもちろん、トレイルが整備した道だ。
もう一方の道は緑が少なめだったため、より進みにくさを演出するために、植物の種を持ってきて植えた。
「どちらに行けばいいんですかね?」
魔導師が尋ねると、
「私から言わせてもらえば、整備されている道の方が地理学的に正しいですね。王家に伝わる地図によると、その道を進めば森を抜け、草原に出ることができますぞ」
案内役が、やけに大きな地図を開きながらそう言った。
その話を聞いた勇者は決心したように頷き、こう言った。
「整備されていない道を進もう!」
トレイルは驚いた。
案内役も驚きながら、勇者へ必死に訴えかけた。
「さっき私が話したことを聞いていましたか?!地図を見ても整備されている道が正しいことは明らかですぞ!」
「そうかもしれないけどさ、こっちの道の方が冒険って感じがするじゃん」
「感じ?」
「勇者だからな!冒険しないと」
勇者は冒険好きだった。
そして、トレイルはその事を知っていた。
彼は勇者の候補者全員の愛読書を事前に調べていた。
どのような思考のクセがあるかを知るためだ。
王立図書館の貸し出しカードを全て見て、全員がどのような本を読むのかを確認していた。
勇者は剣術指南書など戦闘に関わる本も読んでいたが、同じくらい冒険小説も読んでいた。
この勇者はワクワクするものを好む。
そう確信したトレイルは、進んでほしくない道をあえて綺麗に整備した。
先程、案内役が王家に伝わる地図を引き合いに解説をしていた。
確かにその解説はあっていた。
今も50年以上前と同じ地形が維持されていればの話だが。
案内役が言っていた「草原に出る」と言っていたが、その草原は50年ほど前に起こった大規模な地殻変動により地割れが随所に発生し、草原内を迂回しながら進む事を余儀なくされる。
そのため草原に出たところで時間の無駄であるし、魔物に遭遇する確率も上がってしまう。
彼はその草原に続く道をわざと整備し、もう一方の道は野生味溢れるままにしておいた。
勇者はその野生味によって冒険心が刺激され、トレイルが進むように誘導した道へ進む事を決断してくれた。
勇者たちがその道をしばらく進んだところで日は暮れた。
彼らは野営をし、明日に備えるため眠りについた。
翌日
勇者たちは朝早く目覚めると、歩みを再開した。
トレイルが誘導した道の奥には滝がある。
ウンディーネの滝と呼ばれるその滝はローレンシア三大瀑布の1つに数えられ、落差は1000メートルをゆうに超える。
見る者を圧倒する絶景で、もちろんトレイルも何度か訪れている。
しかし彼は滝を見て欲しいから勇者たちを誘導したわけではない。
滝の裏にある洞窟へと進んで欲しいと思っていた。
トレイルは何度か滝に訪れている間にその洞窟を発見した。
そして、その洞窟は魔王城まで繋がっていることを確認している。
彼が知る限り一番の近道だ。
しかしながら、初めて訪れた人間が洞窟の存在気づくのは至難の業だ。
そこで彼は石碑を彫った。
滝にまつわる嘘の伝説書いたものだ。
「白蛇を二匹にした者に、道は開かれる」
トレイルは少し謎解き要素を入れた。
魔導師がクイズ好きなのも調査済みだったからだ。
「蛇?どこに蛇がいるんだ?」
石碑を読んだ勇者は辺りを見渡した。
「蛇!?私は蛇が大の苦手なんです!見つけたらすぐに言ってくださいね!あの生物が足にまとわりつくことを想像しただけでもおぞましい。そもそもどうして私のような高貴な...」
名家出身の案内役はぶつくさと文句を言い始めた。
「...」
魔導師だけはただ黙って石碑を見つめていた。
トレイルの計算通りだった。
必死に答えを考えている。
そして、1分も経たないうちに答えを見つけた。
「滝を割ればいいのね」
流石は王国を代表して選ばれた魔導師なだけはあって、かしこさが優れている。
トレイルは魔導師が正解してくれて嬉しい反面、すぐに解かれてしまったことにより少し悔しさを覚えていた。
答えが分かった魔導師は、杖をふるい呪文を唱えた。
すると、
パキッ!と大きな音が鳴った
「おお!すげぇ!」
滝は見事に凍っていた。
「勇者さん、これを斬ってください」
「おう!」
勇者は凍った滝を一刀両断した。
見事に滝は真っ二つに割れた。
白蛇とは滝のことを指し、その滝を2匹の蛇に見えるように縦方向に割ることで、岩壁が現れるということだ。
その様子を見た案内役はあっけにとられいたが、正気に戻ると
「白蛇とは滝のことだったのですね。まぁもちろん私は分かってはいましたが」
と、小さな声で見栄を張った。
そして勇者一行の視線は岩壁に空いている1つの穴に目がいった。
「あれが道ってことか」
「そうだと思います」
「あの洞窟に入るのですか?!コウモリとかが居るのではないか?他のルートから行ってもいいと思いますぞ。どこに繋がっておるかも分から...」
「よし、行くか!」
勇者たちは滝の裏にある洞窟へと入っていった。
その後、滝の上に溜まった水の重みで氷は崩れて滝壺へと落ちていった。
洞窟は長く途中で一泊する必要があったが、内部には魔物がいないためとても進みやすかった。
そもそもトレイルが通り抜けられる程なので楽なルートだった。
そして洞窟を抜けると、
「魔王城だ!」
勇者が城を見上げながら叫んだ。
「へぇーここに魔王が住んでるんですね。どんな魔法を使うのでしょう?」
「遂に着きましたぞ。私の道案内の賜物ですな」
丸2日以上かかったから疲れたな、とトレイルは思った。
しかし冒険はまだ終わりではない。
ここからが本番だった。
「でもなんか、変じゃないか?」
勇者が口を開いた
「そうですねぇ」
魔導師が賛同した
「確かに変だぞ」
案内役も口を揃えた
「これ、裏門だよな?」
勇者たちがたどり着いたのは魔王城の裏門だった。
トレイルはわざと裏門に着くように案内した。
裏門は警備が手薄だ。
そこから入った方が魔王がいる部屋までスムーズに潜入できると考えた。
「まぁいっか。さぁ!魔王を倒しに行くぞ!」
勇者はそう意気込むと、2人を連れて裏門をくぐり城へと入っていった。
トレイルは目を瞑りながら祈り始めた。
「どうかあの勇者が魔王を倒して、領土を取り返してくれますように」
しかし、彼はその瞑った目をすぐに開くことになった。
「キャー!」
「いやだ!まだ死にたくない!」
魔導師と案内役の悲鳴が城内部から聞こえてきたからである。
直後、魔導師と案内役が城の中から飛び出してきた。
そしてそのまま王国の方角へと走り去っていった。
トレイルも身の危険を感じ、2人の後を追って逃げようとした。
しかし
「待て」
腹の底にまで響くような低い声が、トレイルの耳に入ってきた。
「お前に用がある」
そしてトレイルの体はゆっくりと浮かび、裏門の方へ進み始めた。
恐怖のあまり、トレイルは声が出なかった。
城に入ると、すぐに大広間がありそこに魔王がいた。
魔王の足元には、一個の大きな氷があった。
透明の氷の内部には勇者の顔が見えた。
魔王は怯えきっているトレイルに話しかけた。
「よく来たなトレイル。こうなりたくなかったら我の話を大人しく聞け」
魔王は足元を指差しながらそう言った。
「お前、どうしてこの勇者が我に負けたと思う?」
「え...?あなたが強すぎるからですか?」
少し媚びを売っているように聞こえるかもそれないがそれがトレイルの本心だった。
人一人をまるごと氷漬けにできる魔法の使い手なんてあまりに規格外すぎた。
「違うな」
魔王はそう返した
「我が強すぎたのではない。勇者が強くなさすぎたのだ」
「そんな...だって勇者は国民の中から選抜された能力の持ち主ですよ?」
「確かにポテンシャルはあるかもしれない」
「なら、どうして勝てなかったんですか...」
魔王は一呼吸置いてこう言った
「お前のせいで勇者は負けたのだ」
「僕の...?」
「そうだ。お前、勇者たちを最短経路でこの城まで案内しただろ?」
「どうしてそれを...」
「3ヶ月前、洞窟から出てきた人間の目撃情報が部下から入っていてな。特徴がお前と一致していた。あんな所を通る人間なんてそうそういないし、お前だと確信したよ」
「そうだったんですね。でも僕が勇者たちを最短経路で案内した件と敗因に何の関係が...?」
魔王は呆れた顔をした。
「レベルが上がっていないからに決まってるだろ」
「え?」
「我がこの勇者には対して使った、対象を凍らせる魔法はそんなに強くない。まだ練習中だ」
「人間を凍らせることができるのにですか?」
「どうして水は魔法で凍ると思う?」
急な質問にトレイルは面食らった。答えを考えたが、彼は魔法に詳しくないので凍る原理までは知らなかった。
「分からないです」
「水は魔法耐性が0だからだ。魔法耐性は魔物との戦闘を繰り返しレベルアップすることで能力値が上がっていく」
魔法耐性という言葉だけは聞いたことがある、とトレイルは思った。
魔王は続けて話し続ける。
「だが水は戦わない。そしてこの勇者も戦わなかった。こいつの魔法耐性も水と同じく0だ」
トレイルは落胆した。
「魔王城に最短で案内したせいで勇者はレベルアップせず弱いままだったから敗けたのか」
「そういうことだ」
「それで?どうするんですか?僕も殺すんですか?僕をそのまま帰してくれないですよね?王国に勇者の敗因を報告されますもんね」
「そんなに話を急ぐなよ。まだ訊きたいことがあるんだ」
魔王は一呼吸置いて、勇者に問いかけた。
「お前、絶景巡りが趣味なのか?」
意外な質問だった。
「どうしてそう思うんですか?」
「ウンディーネの滝に何度も訪れていなければ、あの洞窟には気づけない。だから好きなのかと思ったのだ」
「仰る通り、僕は絶景巡りが好きです。でも魔王軍に占領されてしまったされた土地の絶景は見れなくなってしまっている。とんだ迷惑ですよ」
どうせ殺されるんだ、そう思ったトレイルは魔王への怒りをあらわにした。
「我が何故、氷魔法を練習しているか分かるか?」
突拍子もない質問だったのでトレイルは面食らった。
「え...?人間を氷漬けにしたいからじゃないんですか?」
「そんな訳ないだろ」
「じゃあどうしてですか?」
フゥーと長い息を吐き、魔王は答えた。
「人間の文明が発展するにつれて失われつつある自然を冷凍保存するためだ」
「え?」
トレイルは意外な答えに驚いた。
続けて魔王は話始めた。
「人間社会の工業化が引き起こす水質汚染により川は汚れ、森の草木は年々少なくなっている。だから私は侵略した土地から人間を追い出した。だが一度汚れた水を再生するには長い年月がかかる。そこで一度、植物を氷漬けにし保存する。そして水質が改善された後に魔法を解除し自然を再生するのだ」
トレイルは黙り込んだ。
魔王軍が侵略してきたことにそんな理由があったなんて思いもよらなかった。
魔王城までの道中にある森を彼は思い出していた。確かに整備する前から草木が少なかった。
むしろ少なすぎてもう一方の道には植物の種を蒔いて増やさなければならないほどだった。
「お前の愛してやまない絶景にも関係する話だ。このままだとウンディーネの滝も水質汚染の影響を受けるぞ」
「ウンディーネの滝が...」
「そのためにも勇者を全員倒して、人間が領土を取り返そうとするのを諦めさせなければならない。そのために協力してくれないか」
急に話を持ちかけられたトレイルは困惑した。
「私に何ができるんですか?」
「今回、魔王討伐に失敗したことで、これからは更にハイペースで、勇者が魔王城に送り込まれてくるだろう」
「そうなるでしょうね」
「あと100人、最短経路で魔王城まで案内してくれ。それだけ倒せば、人間たちも諦めるだろう。やってくれるか?」
トレイルは静かに頷いた。
10年後、魔王城大広間にて
魔王は幹部に向けて話していた。
「いよいよローレンシア大陸の征服は完了した。しかしこれで終わりではない。今度はザハトニアス大陸で工業化が進み、自然が失われている」
「次はザハトニアス大陸を征服する。具体的な作戦内容については、参謀長官!説明よろしく頼む」
「はい!」
役職を呼ばれた男は幹部たちの前に出た。
「それでは、私の方から作戦内容についてご説明させていただきます。まず初めに、作戦完了の期日ですが...この大陸には山よりも大きい綺麗な一本桜があるんですよね。でも今は水質汚染により衰弱しまっている」
男は魔王軍幹部を見渡しながら言った、
「再び満開の花びらを見たいので、桜が咲く季節までには終わらせましょう」
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