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3 兄弟
それもそのはずだ。校舎内にいる間、兄のレヴィアタンがオリヴィエにちょっかいを出そうとするものの目からオリヴィエが見えなくなる魔法をかけていたのだから。
「カシス、やめて。お願いだから」
中等部までは仲良くしていたカシスも、高等部になってからは狼族の本能に目覚めて執拗にオリヴィエに執着するようになった。だからここ一年はカシスの目からはオリヴィエを見つけることはできなかったはずだが、今の時期は魔素を多く含む赤い砂の影響を受けて魔力の発現が狂いがちになるのだ。
「先にお願いしたのは俺だろ? 俺のものになってくれと懇願したのに、お前が無視するから。ずっとお預けを食らって、気が狂いそうだった」
(兄さまの言う通り、部屋で待っていればよかったのに、僕がのこのこ、外の出たりしたから)
オリヴィエの身体の上に四つん這いで乗り上げていたカシスが、獣のような仕草で自らの膨れ上がった欲望を白い下腹部にぐりぐりと押し当てて来る。
大学部に入る前に誰かしら何か仕掛けてくるかとは思っていたが、白昼堂々ここまで大胆に襲い掛かってこられるとは予想していなかった。
「このままこいつを犯しながら喰いたい」
「俺にも喰わせろ」
恐ろしい台詞に歯の根が合わぬほどの震えが込み上げてきた。
周りの男たちの眼の色も変わり、一人が戒めていた手首に噛みついたのを目にし、カシスの大きな拳が男の顔を側面から殴りつけ、男は瞬時に狼に変じると犬のような鳴き声を上げて転がっていった。
「こいつは俺の獲物だ」
カシスは欲望にぎらつく瞳で、戒められ傷つき恐怖に震える美しいオリヴィエの姿を視姦し、そのままズボンのウェストに手をかけてくる。オリヴィエはありったけの力を振り絞って暴れ、必死で兄の名前を呼んだ。
「いやだ! レヴィアタン! 助けて!」
その時だった。頭上からものすごい風圧がかかり、オリヴィエは一瞬目を閉じた。その瞬間手足を戒めていた拘束は解け、代わりに周囲には男たちの呻き声と血の匂いが立ち込めていた。
「リヴィ!」
待ち望んでいた兄の声にオリヴィエの心は歓喜にうち震えた。
制服を気崩した襟元から覗く艶やかな褐色の肌に、腰までわらわらとうねり伸びた金と銀が混じった髪、伸縮自在の牙に、血のように真っ赤な瞳。最近身長と共に益々太くなったネジくれた赤い角。見るものが見たら恐れ上がる魔王に瓜二つの青年の姿を見て、オリヴィエは安堵の涙を零す。
「兄さま! 兄さま!」
「怖い思いをさせたな。もう大丈夫だから」
穏やかな兄の声にオリヴィエは身体中から力が抜けてしまう。
「兄さまごめんなさい。僕が約束破ったから」
必死で兄に腕を伸ばしたが、しかし自分があられもない姿であるとすぐに気がつき、恥ずかしくてはだけた胸を掻き合わせる。オリヴィエがほっそりとした腰まで剥き出しにされたズボンを震える手で引き揚げるのを、レヴィアタンが手伝ってくれた。
「お仕置はお預けだな」
レヴィアタンが赤い瞳を暗褐色に染め、僅かに眉を顰める。すぐに弟を蕩けるような笑顔で見つめて素早く制服の上着を脱ぎ、オリヴィエの身体を包むように着せ掛けた。
兄の腕に抱き上げられる瞬間に目にしたのは、少し離れた場所まで大量の血の跡を残しながら吹き飛んだカシスの身体と、狼の姿のまま同じく全身が切り裂かれた姿で伏した男たち。オリヴィエは兄の逞しい首に腕を絡めて震えながら抱き着いた。
「に、兄さま。カシスを殺したの?」
「ああ見えて丈夫な奴らだ。死にはしないだろう。ただ俺の大切な弟に手を出した制裁は受けて貰わないとな」
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