あなたは泣いてもいい

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「別れたい?」 「私が、あなたにふさわしくないから」  良心の呵責に耐えられなくなった私は、恋人に別れを告げることにした。 「私は、すごく、駄目な人間で……」  浮気をしてしまったことを続けて告白しようとした時、恋人が言う。 「ごめんね」  予想外の言葉に戸惑う。 「ずっと、百合香ちゃんはがんばってると思ってた。大丈夫なのか、無理をさせてるのか、わからなくて。百合香ちゃんの苦悩から目を背けていた部分がある」  私は馬鹿だから、ひどいことをしないと、自分の気持ちがわからなかった。  彼が悪い訳ではない。けれども、彼といると苦しい。  完璧な私を求められている気がして、全ての期待に応えなければならない気がして、いつでも善い人間であらなければならない気がして。  できないと弱音を吐くことが、つらいと本音を話すことが、どうしてもできなかった。だって、彼は正しいし、なんでも言ってしまうのは大人のすることじゃないから。  そんな言葉にかこつけて、彼を信頼しきれない自分を、ずっとごまかしていた気がする。  恋人は静かに「幸せになって」と言った。最後まで理性的で模範的な対応。  結局、浮気をしたことは言わなかった。贖罪ではなく、自分の心の負担を軽くするために告白しようとしていたことに気づいたから。秘密を持つのは苦しい。自分が楽になるために、謝罪という体を取るのは、卑怯だと思った。  恋人を裏切った罪悪感をずっと抱え続けること。ずるい自分を認めること。それが、私が自身に科した罰だ。裏切られた側にしてみたらきっと、生ぬるいだろう。  何が本当の正解かはわからない。でも、現時点で私が考えついた最適解なのは確かで、これからも探り続けるしかないと思った。
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