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「でも、笑ってる私に『あなたは泣いてもいい』って言ってくれたのは、石田だけなの……」
がんばりは無意味だ。だって、泣いてもいい。いつも笑っていなければならない訳じゃない。
石田は私の顎を少し上げ、唇を奪った。
一度もしようとしなかったくちづけ。石田の唇は乾いていて、ほんの少し冷たい。
「あの夜は、しなかったくせに」
「遊女は身体を許しても唇は許さないっていうし」
「なにそれ」
石田の言葉はやっぱり意味がわからない。
「倉橋が俺に本気になったら、しようと思った」
「そんなことを思いながら、セックスはしたんだ」
「機会を逃したくなかった。手段を選んでいる間に機会を逃すのが、一番駄目だ」
不意に抱きしめられた。煙草の香りになんだか安心する。
私は溢れる感情を抑えることができない。もう、抑える必要もない。
石田の部屋に行き、交わった。やっぱり石田はそんなに上手くはなくて、達することはなかったけれど、熟睡できた。
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