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僕は、宿を出てぼんやりとどこへ行くとも無しに歩いた。自然が豊かで澄んだ空気が気持ち良い。
この島を旅行先に選んだことは正解だった。
僕の頭に昨日女将さんから聞いた龍を見た人がいるという話が浮かんだ。女将さんは、見たことはないと言っていた。確かその後また女将さんと龍の話をした気がする。食事を終えて帰るときに、民宿から5分の小高い丘の広場と聞いた。そうだ広場だ。
広場に星を見に行った人がいてその人が龍を見たと言っていたらしい。僕はずいぶん宿から離れた場所まで歩いて来ていたが、引き換えして広場にむかった。広場の入口には、看板があり「星が見える丘」と書かれていた。ほしが好きな人は夜ここで星を観察するようだ。
僕は階段を登り広場にむかった。運動不足の僕には階段は苦痛だった。100段くらいある階段を登るたびに息がきれていく。登ったことを少し後悔した。
やっとの思いで着いた広場は僕の想像を超えて綺麗だった。目の前には緑と美しい海が広がり、海には船が浮かんでいた。ガウディの作品のような個性的なベンチに机があり、天体観測用の望遠鏡まであった。
僕はしばらくベンチに座りぼんやりと目の前に広がる景色を眺めていた。まるで絵画の中にいるような風景と、心地よい風が僕の身体を癒やして行く。
彼女は、何で死んでしまったのだろうか。
生きていたら美しい景色を見れたし、おいしいものだって食べれたのに。僕が嫌なら別の人と別の美しい景色を見れば良かったのだ。
僕はぐるぐる回る思考を停止しまた民宿を目指して歩くことにした。立ち上がりまた、階段に行こうとしたとき風が吹いた。
僕は民宿に戻り朝ごはんを食べた。朝は鯵の干物、やっこ、卵、のりとご飯だった。
温かいご飯とともに食べると何杯でもご飯をおかわりできそうだ。
「散歩楽しかったですか。何もないでしょう。」
女将さんはあちこち働きながら僕に話しかけてくれた。
「いえ、自然が豊かで癒やされます。公園に行きましたが、風が気持ちよかったです。」
「それは良かった。ここから10分くらい歩いたところに温泉もあるんですよ。露天風呂。
海が見えてきれいで人気なんです。無人だから気兼ねなく入れますよ。」
「ありがとうございます。」
今この島には僕を含め3組のお客しかいないそうだ。だからゆっくりと過ごせるらしい。
僕が外出している間に女将さんは部屋を掃除してくれるそうだ。僕は1週間ここで過ごす予定になっている。
朝食が終わり部屋に戻ると何だか急に眠くなってきた。僕は布団に横になった。また僕は眠りについた。
「ねえ、うさぎさんよ。かわいいでしょう。
あっちには、リスさんや、きつねさんや、鳥さんたちがいてね。みんな私と会話ができるの。」
彼女は、森の中でうさぎに囲まれていた。
5匹のうさぎがいて、しろや、茶色、灰色などの色をしていて、耳が長いやつや、短いやつ、垂れていたりと個体によってずいぶんと違いがあった。
彼女はうさぎたちの中心に座り、花で冠を作っていた。彼女は、子どもみたいに無邪気に笑っていた。
彼女の無邪気に笑う姿を果たして僕はいつ見ただろうか。僕と一緒にいたときに、彼女は無邪気に笑えたのだろうか。僕は少し悲しい気持ちになった。
「昨日ね、私龍さんの背中に乗せてもらったのよ。龍さんはね、身体も大きいし、怖い顔しているけど優しい声をしているの。私を乗せて私の知らない世界を案内してくれたの。
虹がキラキラと光っているところや、お星さまがたくさん降り注ぐ世界。
みんなキラキラしていて素敵だったのよ。」
僕は彼女の嬉しそうな笑顔を眺めていた。
彼女の笑顔は僕を幸せな気持ちにさせた。
「ねえ、あなたも龍さんに会ってみたらよいわ。」
「僕は会えないよ。やり方がわからない。」
「信じるのよ。心から。龍さんに来てほしいとお願いすれば必ず来てくれてる。」
彼女はそういうと、僕の夢から消えて行った。
僕はまた深い眠りについた。
気がつくと、お昼も過ぎていて、15時になっていた。こんなにゆっくりと寝たのは久しぶりだった。
机の上に女将さんからのメモがありお腹が減ったら食事を食べてねと、ナポリタンスパゲティーがおいてあった。
僕は、ナポリタンスパゲティーを食べた。
ケチャップの味が効いていておいしかった。
僕は泣いていた。なぜ涙が出るのかわからないが、涙は止まることなく流れていく。
僕はきっと悲しかったのだ。悲しかったことを無理矢理に忘れようと、あれこれ動きもがいていたのかもしれない。
夕食までの間、僕は本を読んで過ごした。働いていると中々本をゆっくり読む時間は取りづらい。
僕は読者を楽しんだ。
夕飯は、お肉料理だった。生姜焼きと、ご飯、サラダに味噌汁だ。家庭の味が良いとリクエストしたのだが、僕の好きな料理を提供してくれた。
僕は嬉しくてまた、ご飯をおかわりした。
夕食後は、風呂に入りまた読者をして過ごした。
経済小説を読んでいた。リストラを言い渡された社員がリストラをしたことを後悔させるべく奮闘する物語だ。読めば読むほどに小説の世界に入り込んでしまう。リズム感の良い作品だった。
僕は目が疲れたのでふと、龍のウロコに目をむけた。七色に光るウロコはとても美しかった。
僕は、部屋の電気を消した。
そしてぼんやりと龍のウロコを見ていた。ウロコの光は一本の道を作って窓の外を指していた。
彼女の言う通り、龍に会いたいと願えば僕も龍に会えるのかもしれない。ふと彼女を信じてみようと思った。
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