空に飛ぶ者たち

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「アイスクリームみたい。」 彼女は空を見上げて言った。 僕は彼女が雲の形を見て、アイスクリームだと言ったことが理解できず回りを見てアイスクリーム屋を探してしまった。 彼女は僕を見て笑った。 彼女は時々僕の想像を超えた何かを見ていて、それを言葉にする。そして僕が困ることを楽しんでいる。 「あんなに大きなアイスクリームは、誰が食べるのかな。空に住む動物かしら。」 彼女は、大きく深呼吸をした。 春の少し冷たい風が気持ち良い。 彼女はそのまま僕とは反対方向を見て飛び降りた。 僕はどうすることもできずただ彼女がいなくなったベランダに立っていた。彼女は僕の目の前で自殺をしたのだ。僕と彼女が住むマンションの5階から飛び降りて。 なぜ彼女は飛び降りてしまったのか。 僕にはわからなかった。彼女ともう3年も一緒にいたのに彼女が何に悩み、何を楽しみ、何がほしいのかさえ僕はわからない。 本当に一緒にいたのだろうか。 僕は彼女を探す旅に出ることに決めた。 彼女は死ぬ前に行きたいと言っていた場所がある。 そこは、船で行く島で民宿があるだけの島だ。 豊かな自然を満喫できるとして人気の島だ。 彼女はそこにある大きな木を見たいと言っていた。 僕は会社をしばらく休み荷物をまとめて電車に乗る。5時間かけてやっと島に行く船着き場についた。僕は船に乗り島を目指す。 船は春の風の中を僕を乗せて走っていく。 島の船着き場に降り立った僕は宿に向かう。 宿は、島の中心にありここから歩いて10分くらいで着いた。 僕は民宿の扉を開けた。誰もいなかった。 「すみません。」 「はい。今行きます。少しお待ちください。」 女性の声が聞こえた。 そして女性は小走りに僕のところにやって来た。 「お待たせいたしました。お一人様ですか。」 「はい。予約をしました島津と申します。」 「島津さんね。お待ちしておりました。長い旅お疲れ様でした。どうぞ上がってください。」 女性は、僕を部屋に案内する。 首に蝶のタトゥーが入った小柄な女性だ。この宿は女性とその家族で営んでいるようだ。 僕は疲れていたので、宿にチェックインをしてからしばらくぼんやりと窓から景色を眺めていた。 田舎の何もない景色だが、実家に戻ったようなどこか懐かしい景色だった。 気がつくとあたりは暗くなっていた。 僕は寝てしまったようだ。時刻は19時だ。 僕は部屋を出て食堂に向った。食堂には蝶のタトゥーが入った女性と、同じ蝶のタトゥーが入った男性がいた。 女性は未知さんで、男性は未知さんの旦那さんの浩之さんだ。僕は寝てしまって少し遅くなってしまったことをお詫びした。 夕飯は、地魚の煮物と、刺し身、菜の花のおひたしにご飯と味噌汁がついてきた。ボリュームがあり味もおいしかった。 「お味はいかがですか。」 お茶を注ぎながら未知さんは僕に聞いた。 「はい。大満足です。 ボリュームもあるし本当においしい。」 「ありがとうございます。 お客様も龍の噂を聞いて来たのですか。」 「いいえ。僕はつらいことがあって、傷を癒やすためにきました。」 「そうでしたか。今この島に龍が出たと噂になっていてね、龍目当てに来る方が多いの。 宿がここしか無いからうちをご利用くださる方が増えてね。」 「本当に龍はいるのでしょうか。」 僕は目に見えないものを信じていない。 友人が目に見えないものを愛し、宗教に入信した。その友人は宗教に財産を貢いだ。 今も幸せだと語る友人の幸せを僕はわからない。 「夢を壊してはいけないのでしょうけど、龍に会ったことなんてないわ。私も主人もね。 私や主人の兄弟にこの民宿を手伝って貰っているけれど、その人たちも見たことはないの。 見たのは、ここを訪れたお客様数名かしら。」 やはりインチキだ。何でこんな馬鹿げたことで世間を騒がせるのだ。僕は少しイライラしてしまう。 世の中には、情報が溢れている。悪いものも良いものも。だから情報を使う側の人間は情報に飲み込まれてしまい、本当の形が見えなくなってしまう。 僕の友人のように。 僕は旅の疲れからか、夕食後また寝た。 僕は夢を見ている。死んだはずの彼女が今ここにいるのだ。僕の寝ている布団のそばに座り何やら大きくて七色に光るものを持っていた。 「龍のウロコもらってきたの。」 また彼女の悪い癖が出た。誰になぜもらったのかとか、背景になることを省略し目の前にある現実のみ伝える。 「誰にもらったの。なぜもらったの。」 「私、お空を散歩してたの。ふわふわと空を浮いて歩いていたら、蛇みたいな形の生物が目の前に見えたの。 だから誰なのかを聞いてみたの。 そしたら、龍だと言ってね。 龍さんに私頼んだの。あんまりにも美しく輝く龍さんにどうかウロコをもらえないだろうかと。 龍さんはね、あげても良いけどこのウロコは人を幸せにするために使うものだから死んでいる私には必要ではないっていうの。 誰が幸せになるために利用するならあげるって言われたからあなたにウロコを渡しにきたのよ。 あなたには、幸せになってほしいから。」 そういうと彼女は龍のウロコを僕に渡し、消えて行った。まだまだ聞きたいことがあったのに自分の言いたいことだけ伝えて行ってしまった。 僕は、目を覚ました。悲しいのか、嬉しいのかわからない不思議な感覚がしていた。変な夢を見たものだ。僕は喉が乾いたから水を飲むために枕元のペットボトルに目をむけた。そこには、ペットボトルとともに七色に光るものがあった。 「あれ、どこかでみたような。」 僕は水を飲みながら考えた。 そうだ今彼女が持っていた龍のウロコではないか。 でも何で本物がここにあるの。 七色に光る龍のウロコはきれいで僕はそれをずっと眺めていた。やがて、眠くなりそのまま眠ってしまった。 翌朝、僕は朝の光とともに起きた。窓を開けて空気を吸ってみた。この島の空気は澄んでいて気持ちがよかった。まだ、朝食まで時間があったから僕は散歩をすることにした。 しかしだ。枕元にある龍のウロコ。朝になったら消えると思ったのにまだきちんとあるではないか。 どうしたものだろう。 僕は着替え、顔を洗い歯磨きをした。そして、民宿の玄関にむかった。朝食を準備中の女将さんに一声かけた。女将さんはいってらっしゃいと言い僕を送り出してくれた。
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