0人が本棚に入れています
本棚に追加
「高速道路、この先、10キロ渋滞みたいですね」
隣で運転している女性が、わたしに聞かせるように言う。
「……10キロは長いな」
その言葉を聞いて、女性は悲し気な表情をした。これから続く渋滞で動かない車を思い、嫌な気分になったのだろう。
彼女はハンドルを強く握り、やや前のめりになった。前方を凝視し、肩が緊張のせいで張っている。わたしのことをつれて、近所を運転することはあるが、車で高速に乗るのは、十年ぶりぐらいだそうだ。
この女性は、わたしの身の回りの世話をしてくている。
わたしは、一年前に交通事故に遭い、記憶を失ってしまった。小さい頃の記憶はあるのだが、社会人ぐらいを境から、何も思い出すことができなくなっていた。
それに加えて、交通事故の後遺症で、足や腕を上手く動かすことができない。ゆっくりとした動作ならできるが、速度を上げることができず、何をするにも時間がかかった。
だから、彼女を雇うことにした。年はわたしよりも十歳若いそうだ。
「……十歳差」
「何か言いました?」
彼女は止まった前方の車をにらみつけている。別に文句があるわけじゃない。運転に緊張して、そのような表情になっているだけだ。
それにしても、なんでこんな日に出かけようと言い出したのだろうか。
今日はゴールデンウイークの真っ只中だった。天気も良く、絶好のレジャー日和。当たり前だが、道はとにかく混雑していた。
わたしは平日でも家にいる身となっている。だから、このようなの混雑がわかりきっている日に行かずともいいはずだ。
しかし、彼女がこの日にこだわった。
「いや、わたしはこの日がいいです」
そう、彼女は言った。
「この日以外は、三百六十四日全て無理です」
こうまで言い放ち、この以外は断固拒否の姿勢を見せてきた。
きっと、この日がいい、理由があるのだろう。ただ、それを聞くことはしなかった。誰にだって、聞かれたくないことはある。
最初のコメントを投稿しよう!