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「やっと、着きました……」
「……ん、着いたか」
あの渋滞以外は、渋滞らしい渋滞に巻き込まれることはなく高速を下り、下道を走り、目的地に着いた。といっても、わたしは寝ていたので、よく知らないが。
目的地は彼女が指定しており、わたしは知らされていなかった。
助手席が彼女の手によって開けられ、その手を借り、わたしは杖を突きながら、車を降りた。
「……なんだここは?」
呆然とした。
わたしたちが降り立ったのは、山道の最中にある、小さな休憩所だった。車が三台ほど止められるスペースとトイレ、あとは屋根のついたベンチが二脚置いてあるだけだ。
風景が良い、というわけでもない。周囲は木々が競うように伸びており、木以外の風景は一切ないに等しかった。
「休憩したかったのか?」
それ以外に、この場所を訪れる理由が見つからなかった。運転で疲れたのだろうか。
しかし、彼女の表情を見て、それは違うとすぐにわかった。
「……どうして、泣いてるんだ」
彼女はぽろぽろと、大粒の涙を零していた。
「え、涙?」
目に触れる。
「あ……わたし、泣いてる」
どうやら、自分が泣いていることに気が付いていなかったらしい。
「……我慢、できなかったか」
彼女は笑みを必死に浮かべようとしていた。しかし、眉は八の字になり、わずかに開いた口は小刻みに震え、視線は揺れていた。
痛々しい笑みだった。
「何か具合でも悪いのか?」
言いながら、脳内で違う! という声が響き渡る。泣いている原因は体調不良などではない、とわたしの体の内側が大声で叫んでいる。
「いえ、大丈夫です。ちょっと目にゴミが入っただけなので」
背を向け、目をこすった。
その姿が、不意に脳裏に焼き付いた。そして、全く同じ映像が脳裏に再生された。
わたしは知っている。この後ろ姿を。
――ぽつん
気が付くと、頬に水滴がついていた。わたしが泣いている……わけではなかった。雨が降り始めたのだ。
「雨ですね……降られる前に、車に戻りましょうか」
目を赤くした彼女がわたしを見る。その姿が、脳内に焼き付き、先ほどと同じように、全く同じ映像が脳裏に再生された。
――ぽつん、ぽつん、ぽつん
雨は瞬く間に、勢いを増していく。
「さあ、行きましょう!」
彼女がわたしの手を取る。だが、わたしは動かなかった。いや、動けなかった。
「早く! 濡れちゃいますから!」
雨はまるで線を引いたように降り、粒が見えない程、雨脚を強めた。
わたしは彼女の顔を見た。そして、思い出す。
彼女は、わたしの元妻だ。
そして、ここはわたしが元妻にプロポーズした場所だ。
雨が降っていて良かった。わたしの両方の瞳からは、止めどなく涙が溢れていた。視界さえ、遮るほどの大量の涙が。
元妻は、わたしの表情を見て、全てを察したようだった。
「……とりあえず、ベンチに座りましょうか」
わたしは元妻の手を借りながら、ベンチに座った。
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