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右鎖骨、右肩甲骨、肋骨四本骨折、肺気胸。
全身の擦過傷。重症だった。
まともに練習出来る様になるまで半年かかった。
両親には引退しろと言われた。
せっかく手に入れたSSの称号を辞退させてもらって、長く辛いリハビリ期間中、竜崎選手は考えた。
────俺は、何のために走るのだろう。
スポーツ選手は夢を売る仕事、と言われる。
野球やサッカー等、殆どのプロ選手は所属するチームやスポンサーから報酬を貰い、鍛えた体と技でチームの勝利に貢献、ファンに夢を与えるのだ。
そして、もし試合中に選手が大怪我をしたら。
敵チームのファンだって心配してくれるだろう。
だが。競輪選手は個人事業主。
選手もファンも全員が賞金稼ぎ。
ファンは選手を応援しているのではない。
自分が買った車券の数字を応援しているのだ。
ファンは選手の勝利を喜んでくれてはいない。
嬉しいのは自分に転がり込んだ配当金なのだ。
いや。彼もそれを理解してプロになったはずだ。
惨敗して罵声を浴びせられた事だって何度もあったはずだ。
だが。死を意識した時に聞こえた、あまりにも冷酷なあの叫びが、どうしても耳から離れない。
夏になってやっとバンクに復帰、大歓声に迎えられたものの、実力からすれば楽勝のはずのレースに勝てない。
S級の頂点に届きかけたはずのドラゴンロケットは完全に沈黙。競争得点は一向に伸びず、愛嬌が売りのじゃがいもから笑顔が消えて行った。
本人は決して認めなかったが。
ブレーキがない自転車を漕ぐ事に、心がブレーキをかけていたのだ。
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