背景の色〜美代の場合〜

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 十年後、美代は売れない役者を続けていた。朝ドラ女優は夢のまた夢で、いろんなオーディションを受けても落ち続けていた。  後で知った事だが、クライシスは本当にエキストラ専門の劇団というよりは事務所で、演技力などの指導したり、レッスンする事はなかった。あの稽古場も飾りで、オーディションも「地味な顔」「一般人風」を探す為のもので、主役級の原石を探すものではなかった。  裏切られた気分だったが、エキストラのバイトはそこそこ楽しかった。とくにインタビュー系の仕事が楽しい。いかにも素人臭い小学生を演じながら、渡された台本の演技をした。  一般人の夢を壊すが、テレビのインタビューのだいたいは、事務所or劇団の紐付きだ。SNSが、発達した今は、よっぽどのバカか目だちたがり屋ぐらいしか、こういったものに出たい人はいない。大学生とかだったら就活に響くかもしれない。小学生の子供だったら誘拐犯に目をつけられるかもしれない。なので、一般人のように見せているインタビューの実情は、そうでもなかった。ごくたまに一般人がナチュラルに出演する事もあるが、確率的にはかなり低いようだった。おかげで美代の仕事もある。  今までかなりの数の各種インタビューを答えていた。それでも、美代の顔は限りなく一般人で、誰にもバレなかった。リアル友達にも全くバレた事が無く、我ながら天晴れだと思ったりもした。 「わー、コオロギ食べます! 環境に良いんでしょう、食べますよ」  今日は、都内にある昆虫食専門レストランでインタビューを受けていた。  目の前にある皿の上には、コオロギのサラダやあんかけスープ、ペペロンチーノがある。正直、全く美味しくないが、持ち前の演技力で美味しいですぅー」と笑顔を作った。  こう言ったインタビューはギャラがよく、昔は糖質オフダイエットなどもやらされた事があった。毎日のようにサラダチキン生活だった。全部台本があり、本当にダイエット効果があるのは謎だが、テレビが放送されると、翌日スーパーでその食材が売り切れていた。日本人にとってテレビは神様なのかもしれない。こんな素人風の役者が台本通りに演じている事とは、テレビ教の盲信者には教えない方が良いかもしれない。 「コオロギ、美味しいです!」  台本通りに言うが、ちっとも美味しくはない。台本には「エビみたいに美味しい」という台本もあったが、 どちらといえば動物園のどこかにありそうな味がした。一言でいえば美味しくはない。だいぶ不味い。  ただ、テレビ局は昆虫食を推しているところが多いらしく、今後のスケジュールは、こんなインタビューばかりだった。  調べると昆虫食を推しているサプリメーカーが、各種テレビ局のスポンサーになっているらしい。テレビ局の盲信者は知りたくない事実だろうが、テレビ様もスポンサーには全く逆らえない。美代もこういったインタビューに出る時は、ブランドものやキャラクターの絵が入ったものを身につけるのは禁止だった。一応劇団に用意して貰った無地のシャツやジーンズを着用する事も多かった。時計やアクセサリーなどもつけない事が多い。  ヘアメイクは全部自前だ。一応毎回メイクや髪型の雰囲気を変えている。今日みたいな食レポ(?)の時は、極力清潔感を演出したメイクをしていた。といっても美代の顔は地味すぎて、どんなメイクをしても一般人オーラが漂う。  こうして不味い昆虫を無理矢理飲み込み、今日の仕事が終わった。これでも普通のバイトよりは割は良い。闇バイトといえば、そうかもしれないが、美代は今だに役者の夢が捨てきれなかった。  エキストラに仕事もやっている。ドラマや映画の背景に徹する。背景といえども、そこそこ演技力も要求され、声を出さずの話しているように見せるのも得意だったりした。  いくらエキストラやインタビューのキャリアを重ねても、全くオーディションに通らない。  良くない噂もあった。脚本家やプロデューサーと寝るとオーディションに通ると聞いた事もある。いわゆる枕営業である。また、案外血縁がものを言う業界で、公表していないだけの二世や三世も多かった。  その中で、美代は全くコネもない。キャリアも無い。枕営業も噂の段階で、現実にあるかどうかもわからない。  一見キラキラしているテレビの中だが、スポンサーに逆らえない所は夢が無い。突撃インタビューのように見せかけているが、実際は台本ありきだ。ヤラセと言われるかもしれないが、別に合法的の範囲だった。  この世界に夢があるのか何なのか美代はわからなかった。  一つ理解できるのは、自分はずっとこの世界では背景なのかもしれないという事だ。子供の頃に馬鹿にしていた芋臭い朝ドラ女優も、業界では評判が良く、実は大物俳優の隠し子だったりするらしい。養子に出して上手く隠しているようで、こういった噂はよく聞こえてくる。  テレビが全部正しい神様なのかはわからない。その中身は、本当にあるのかわからなかった。
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