6人が本棚に入れています
本棚に追加
その実行委員が来たのは、3日後だった。
ソファなどが置かれたフロアで、ぼんやりと音源を探していると、不意に肩を叩かれる。
顔を上げると、顔立ちの整った女性がいる。職員が首から下げる名札をつけていないところを見ると、この学校の生徒だろうか。
「あ、もしかして、学校祭ステージの実行委員の方? 俺は……」
サッと手で遮られ、口を閉じる。訝しげに見つめていると、女子生徒が手を動かしながら、小さな声で話し始めた。
「私は、難聴で、殆ど聞こえません。手話か筆談で、お願いします。」
呆然と相手の顔を見てから、慌てて懐にあるメモを出す。走り書きで書いてから、相手に見せた。
『実行委員の方ですか?』
頷いた相手は、また手を動かしながら、小さな声で続ける。
「竹瀬詩穂と、言います。萩永彩仁さんですか?」
頷いた。ホッとした顔になった詩穂が横に座り、参加者用の書類を見せてくる。
「そういえば、何を演奏するの?」
不意に向けられた質問に、思わず俯き、曲は決めていないが有名ソングのカバーを、と答える。
もう音楽をやっていける自信が無い、もうやめるからこれが最後の……そこまで書いた時、サッと持っていたメモ帳を取り上げられる。
慌てて取り返そうとした時、怒ったような顔の詩穂がこちらに向き直った。
「何でそんなこと言うの? カッコいいって思って、歌手を目指したんじゃないの?」
何も言えず、呆然と見つめていると、こちらに押し付けるようにメモ帳を返した詩穂は、何も言わずに立ち去ってしまった。
あとには、身動きも忘れた自分だけが、取り残されていた。
最初のコメントを投稿しよう!