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曖昧な気持ちで練習して臨んだ、学校祭本番。
大体今まで通り、楽しく演奏出来た……と控室で思い返す。悔いは無い。もうこれで、退学届けを出して、何か将来のためになる専門学校に行こう。
そう思った時、バン! という音が響いて、思わず肩を揺らす。慌てて視線を上げれば、ファイルを無造作に机へ置いた詩穂が、こちらを見つめていた。
「ねぇ、観客の反応見た? あれだけの反応をしてもらえる演奏をしておいて、なんで自信無いの?」
小さいけど、怒りを感じる声。じっと黙っていると、詩穂はそのまま続ける。
「歌手を仕事にしようとした時、カッコいいと思ったんでしょ? じゃあ、そのカッコいいと思った当時の自分を信じなきゃ。」
思わず目を逸らすと、顔を手で挟まれ、強引に目を合わされる。
「音楽をやれる身体と心があるなら、最後まで追いかけて、憧れを貫いて、夢を叶えなよ。私に手伝える事なら、何でもやってあげるから。」
その圧に頷いた時、詩穂が少し迷った表情を見せてから、寂しげな声で続ける。
「私が音を失い始めたのは、小学校の時。一応治療はしてるし、今はまだ大きな音を聴けるけど、会話は出来ない。それで、音楽の道を諦めたの。」
音楽をやれる身体と心があるなら……詩穂の言葉が、線で繋がれた気がした。
「私が叶えれなかった夢、萩永くんが叶えてよ。私も、新しく持った夢を叶えるから。」
頷くと、小指を差し出される。おずおずと絡めると、約束だからね、と言われ、また頷くことしか出来なかった。
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