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帰り道、横を歩いていた詩穂が、不意にこちらを見る。
『萩永くんの声を聞いてみたい。』
『いや、俺の声なんて……綺麗でも無いし。』
『だって気になるから。』
押し負け、宙に向かって声を出してやると、ムッとした表情になった詩穂に、もっと近くで言ってよ、と返された。
わずかに苦笑してから、詩穂の耳を手で覆い、ハッキリとした声で「聞こえる?」と言うと、詩穂の顔がパッと明るくなった。
『聞こえた!』
『マジ? どんな声だった?』
『優しくて、低くて、カッコいい声。』
顔が熱くなるのを感じながら、ありがとう、と返す。
詩穂の声は、高めだけど、どこか温かい感じのする声で……そう伝えると、そうなんだ、と返ってきた。
しばらく無言で歩いた時、詩穂がこちらを向く。
『萩永くん、人が最初に忘れるものって何だと思う?』
『えー……名前とか?』
首を横に振った詩穂が、声、という単語を伝えてきた。調べてみると、人は声を、顔を、名前を、少しずつ順に忘れて行くらしい、と書いてある。
ページによって情報はまちまちだが、声から忘れるというのは共通だった。
『なんで急に?』
『ううん。萩永くんの声も、忘れちゃうんだろうなって。』
思わず立ち止まった。忘れてほしくない、そんな思いが溢れ、気が付いたら手を動かしていた。
『じゃあ、何回でも聞かせるよ。』
目を見開いた詩穂が、嬉しそうに笑うと、寂しげに手を動かした。
『こんな時間が、ずっと続くといいなぁ……。』
それって……そう聞きたかったのに、何故か聞けなかった。
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