人が最初に忘れるもの

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 詩穂と別れた帰り道を、ぼんやりと歩く。頭に浮かんでいるのは、詩穂の言葉だった。  (人は声を最初に忘れる、か……。)  聞いてみたい、と言ってきた時の詩穂は、興味本位という顔では無く、至極真面目な、何かを決意したかのような顔だった。  (まさか竹瀬の奴……もう耳が戻らないなんてこと、無いよな。)  治ったら、一番に萩永くんの曲を聴きたい──そう言っていた。だから、嫌な薬も飲んで、定期通院も欠かさず行っているらしい。  だけど、この一ヶ月、毎週のように詩穂は病院へ行っている。  『問題無しだったよ!』  その言葉を貰えたのは、最初の一週間だけ。そこから三回、一度としてその言葉を貰った覚えがない。  (竹瀬……。)  詩穂は、背中を押してくれた。あの時、詩穂の叱咤激励が無ければ、今頃この学校にはいなくて、趣味程度で音楽をやっている程度だっただろう。  自分は、詩穂に何をしてやれるだろう。どうすれば、詩穂を安心させられるだろう。  そこまで考えた時、胸ポケットに入ったスマートフォンが振動する。慌てて取り出すと、詩穂からトークアプリの通知が来ていた。  『萩永くん、ちょっと急なんだけど、クリスマスって空いてたりしない?』  なんで? と返すと、詩穂から『誰の誕生日でしょうか』と返ってきた。思わずクスッと笑いを漏らすと、竹瀬の? と返す。  『大正解!』  『なるほど。何か欲しいのあるのか?』  しばらく既読のまま、詩穂は何も送ってこなかった。もう一度何かを送ろうとした時、トークが更新された。  『何もいらないよ。ただ……』  次の送信文を読んだ時、思わず足が止まった。  『萩永くんの、声を聞かせてほしい。』
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