人が最初に忘れるもの

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 何か返さなくては、そう思っても、今日同じことを頼んできた詩穂の顔を思い浮かべると、何も出てこない。  震える指先を、画面に伸ばした時だった。  『私ね、聴力が急激に落ちてるの。』  はたと手を止めると、淡々と通知が増えて行く。  『年明けぐらいには、完全に聴こえなくなるんだって。』  『今年の誕生日が、忙しさを見ても……萩永くんと年内に会える、最後の日になりそうで。』  何度も深呼吸をする。どうして、どうして俺がこんなにショックを受けているんだろう。  『だから、最後に……萩永くんの声を聞かせてほしいな。』  分かった、としか返せない自分が憎らしくて、傍にあった電柱を、思わず殴りつけた。  (くそっ……なんで……なんで竹瀬なんだよ……!)  目の奥が熱くなって、涙が溢れた。悔しい、俺は何もしてやれない。  (あぁ……)  そうか、俺、竹瀬のこと好きなんだ。だから、竹瀬に俺の曲を聴いてほしいんだ。竹瀬に治ってほしいんだ、竹瀬に……幸せになってほしいんだ。  擦り傷がたくさん出来た手で、涙をめちゃくちゃに拭う。  何で詩穂なんだろう。あんなに前向きで、笑顔で、こちらの背まで押してくれた詩穂が……!  どんな気持ちで、あの文章を送ってきたのだろう。一番悔しくて、辛くて、泣きたいのは詩穂のはずなのに。  (伝えてやるから……俺の気持ち、ちゃんと声で伝えるから……。)  忘れないでくれ、心からそう願った。  自分の声を、死ぬまで忘れないでほしい──そんな思いと共に、涙が止まらなかった。
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