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忘れないで
その2ヶ月ほど後。12月に入り、世間がクリスマスムードに染まり始めてきた頃だった。
「萩永くん、ちょっといいか?」
突然、担当の教授に呼ばれ、首を傾げながらついていく。何かやらかしたのだろうか。
不安な中、教授のデスクの前で手渡されたのは、海外留学の書類だった。
学校祭のステージを見た現地の有名な音楽プロデューサーが、萩永彩仁さんに是非来てほしいと、名指しで指名してきたのだという。
「マジっすか……。」
「良かったな。君の才能は、前から俺も認めていたんだ。日本での活動も保証してくれている。行ってこい。」
嬉しくて書類をじっくり見た時、ふと動きを止めた。
【集合場所】 ○○空港国際線ロビー
【出発日】 12月25日
【行先】 イギリス
【留学期間】 12月26日~1月31日まで
「萩永くん?」
「あ、いえ……大丈夫です。ありがとうございます。パスポートどうしよっかなーって、はは……。」
そのまま学校を出て、家に帰っても、答えが出ない。呆然と書類を机に置き、宙を見つめる。
『年明けぐらいには、完全に聴こえなくなるんだって。』
『今年の誕生日が、忙しさを見ても……萩永くんと年内に会える、最後の日になりそうで。』
『だから、最後に……萩永くんの声を聞かせてほしいな。』
あの時の文面が、鮮明に思い出される。どうしよう、このまま留学に行けば、詩穂は自分の声を忘れてしまうかもしれない。
自分の気持ちはいつでも伝えられる。でも、この声で伝えるからこそ、本当の意味がある気がして。
だけど、留学を蹴るということは、自分の将来の可能性を抹消するも同然だった。
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