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やがて騎士は厳かな所作で、ネリネの前に膝をつき頭を垂れる。
ただ息をするのすらはばかられるほどの静寂を震わせ、ネリネの声は水面を揺らす波紋のように、あまねく広く響き渡った。
「女神フィリスの御前に。騎士ダリル・オルブライト。貴方はその生涯を賭して、我、ネリネ・リーリア・ラウステラを守る剣となり、盾となることを誓いますか」
それは、ネリネの前に跪く騎士に、己の身のすべてを尽くした絶対の忠誠を求める言葉。
騎士は答えた。彼の声は、低く、深く、凪のように穏やかで……それでいて、巌を思わせるほどに決然としたものだった。
「女神フィリスの御前に。ネリネ・リーリア・ラウステラ様。我、ダリル・オルブライトは貴女を絶対唯一の主として戴き、何者にも断ち切ることのかなわぬ忠誠を誓います」
騎士の言葉が終わるのと同時に、ネリネは横に控えていた神官の手から剣を受け取る。もう何百年もの間、誓いの儀式に使われてきた由緒ある宝剣で、金剛石のあしらわれた柄を握れば、実際以上の重みを手の上に感じるほどだ。
「貴方を私の騎士として任じます。いつ何時も、その命に代えてでも、私を守護しなさい」
剣を掲げ、騎士の両肩を叩く。
女神フィリス、そして聖堂の長椅子を埋め尽くす王宮や教会の重鎮達のもと、儀式は終わった。
これで、彼――ダリル・オルブライトは、正式にネリネの騎士として認められることになった。
(終わったのね……)
滞りなく儀式を終えられて、どっと安堵が全身を包む。
……けれど、やっと訪れた安堵は長くは続かない。
跪く騎士を――ダリルを見つめる。
ネリネは自他ともに認める、できそこないの王女だ。表向きの褒め言葉や社交辞令の裏で、ラウステラ国の弱虫姫と陰口を囁かれるようになって、ずいぶんと久しい。
当然のこと、このダリルだって、ネリネの悪い評判は聞き及んでいるはず。
(弱虫姫の、騎士)
不名誉な称号だ。
これからは、ネリネばかりではない。ネリネの騎士となったダリルまで、皆から嘲笑と蔑みの視線を向けられることになるのだ。
他ならない、ネリネの不甲斐なさのせいで。
(ごめんなさい……ダリル様)
心の中で、ダリルへの謝罪を言葉にする。
大聖堂を出て外の空気に触れても、自室へ戻ってカサブランカのドレスを脱いでも、ネリネの心に暗い霧は立ち込めたまま、晴れることはなかった。
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