【第6章】想いを告げる

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 ……いったい何が、ネリネを駆り立てたのだろう。  真夜中がもたらす暗闇の深さか。それとも、はるか遠く、星の一つも見えない暗い空。そこで()()えと灯る月の姿に、言い知れない孤独の影を見たせいか。  冷静に考えれば、そんなことはありえはしないと、子どもでもわかるはずなのに。 「姫様……?」  頭上から、激しい動揺のにじむダリルの声が聞こえてくる。  彼からしてみれば、当たり前のことだろう。  ネリネは自分自身ですら説明のできない衝動に駆られて、ダリルを抱きしめてしまっていたのだから。  ……そう。そんなことは、ありえはしない。説明なんて、できるはずもない。  こうしなければ、このまま彼が暗闇の中に薄れて消えてしまうのではないかと、そんな恐れに駆られてしまったなどと―― 「……私は」  今すぐに、ダリルから離れなければいけないことは、わかっていた。  今すぐに離れて、突然はしたない振る舞いに出たことを謝って、許しを()わなければならないと。  それなのに。 「私は、あなたがそんなふうに悲しそうにしているのは、嫌だわ」  離すことは、できなかった。  それどころか、背に回した手にそっと力を込めてしまう。  無遠慮な問いだとわかっているのに、それでも、ダリルに尋ねてしまう―― 「教えて。あなたがそんなにも恐れているのは、なぜ? あなたは何をそんなに、ひどく恐れているの……?」  深く、長く、息を吸う音が聞こえる。  永遠に続くかと思われるほどの、沈黙があった。  その沈黙の末に、ダリルはようやく口にする。  ネリネが求め、彼がくれた答えは、まったく思いがけないものだった。  彼は吐露する。血を吐くように。許されざる罪を告白する罪人のように。 「俺はやっぱり、あなたの騎士にふさわしい人間ではありません。(あるじ)の幸福を(いと)う従者などありえない。従者として、最もあるまじきことだというのに……それなのに、俺はあなたが幸せになるのを心から望むことができない。……あなたの、幸福を。何よりも恐れてしまうからです」 「え……?」 「姫様。俺は……あなたを、愛してしまいました。(あるじ)としてではなく、一人の女性として。だから、あなたがこの先、他の誰かと愛し合い、その誰かに微笑む姿を間近に目にするのが、たまらなく恐かった」  ――一切の、音も、光も、何もかも。  この世界から、消え去ったかのような錯覚(さっかく)に襲われた。
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