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……いったい何が、ネリネを駆り立てたのだろう。
真夜中がもたらす暗闇の深さか。それとも、はるか遠く、星の一つも見えない暗い空。そこで冴え冴えと灯る月の姿に、言い知れない孤独の影を見たせいか。
冷静に考えれば、そんなことはありえはしないと、子どもでもわかるはずなのに。
「姫様……?」
頭上から、激しい動揺のにじむダリルの声が聞こえてくる。
彼からしてみれば、当たり前のことだろう。
ネリネは自分自身ですら説明のできない衝動に駆られて、ダリルを抱きしめてしまっていたのだから。
……そう。そんなことは、ありえはしない。説明なんて、できるはずもない。
こうしなければ、このまま彼が暗闇の中に薄れて消えてしまうのではないかと、そんな恐れに駆られてしまったなどと――
「……私は」
今すぐに、ダリルから離れなければいけないことは、わかっていた。
今すぐに離れて、突然はしたない振る舞いに出たことを謝って、許しを請わなければならないと。
それなのに。
「私は、あなたがそんなふうに悲しそうにしているのは、嫌だわ」
離すことは、できなかった。
それどころか、背に回した手にそっと力を込めてしまう。
無遠慮な問いだとわかっているのに、それでも、ダリルに尋ねてしまう――
「教えて。あなたがそんなにも恐れているのは、なぜ? あなたは何をそんなに、ひどく恐れているの……?」
深く、長く、息を吸う音が聞こえる。
永遠に続くかと思われるほどの、沈黙があった。
その沈黙の末に、ダリルはようやく口にする。
ネリネが求め、彼がくれた答えは、まったく思いがけないものだった。
彼は吐露する。血を吐くように。許されざる罪を告白する罪人のように。
「俺はやっぱり、あなたの騎士にふさわしい人間ではありません。主の幸福を厭う従者などありえない。従者として、最もあるまじきことだというのに……それなのに、俺はあなたが幸せになるのを心から望むことができない。……あなたの、幸福を。何よりも恐れてしまうからです」
「え……?」
「姫様。俺は……あなたを、愛してしまいました。主としてではなく、一人の女性として。だから、あなたがこの先、他の誰かと愛し合い、その誰かに微笑む姿を間近に目にするのが、たまらなく恐かった」
――一切の、音も、光も、何もかも。
この世界から、消え去ったかのような錯覚に襲われた。
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