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「召集令状をもってまいりました。おめでとうございます」
村役場の配達人は赤い紙を差し出した。
「ご苦労様でした」
複雑な顔で受け取り、赤紙をじっと見る昭夫さん。
その様子に頭が真っ白になり、家から飛び出した私。
いつもの川辺に勝手に足が向かっていた。彼岸花の花は枯れ、緑の葉が生い茂っている。
「葉見ず花見ず……彼岸花の別名だよ。花と葉っぱを同時に見る事ができないからだって」
昔、この場所で昭夫さんが得意げに話してたっけ。
頭が現実を認めたくないのか、どうでもいいような思い出がよみがえってくる。ぼんやりと彼岸花の葉っぱを眺めながら、溢れてくる涙を拭う。
昭夫さんは植物に詳しくて……特に彼岸花に興味があったのか、よくここに座っていろいろ教えてくれた。
楽しそうに話している昭夫さんを見ているのが私は好きだった。
「みっちゃん」
昭夫さんの声がする。でも、私は顔を上げられない。昭夫さんに召集令状がくる覚悟はしていたつもりだったのに、心の隅ではこのまま幸せが続くと思っていた。
『いってらっしゃい。お国の為に頑張って』
笑ってそう言わなきゃいけない。
私の隣りに腰を下ろし、正面を向いたままの昭夫さんは決意に満ちた声を出す。
「みっちゃん、いってくるよ」
そう、お国の命令だ。拒否なんかできやしない。
行かないで!! 死んだらいや! 死んだらいや!
本当に言いたい事を言葉にするのは許されない時代。涙でぐちゃぐちゃの顔を上げ、なんとか絞り出す言葉。
「い……いって……らっしゃい……」
「うん。いってきます。そうだ。いつか教えてあげようと思っていたとっておきの彼岸花の言い伝え。赤い彼岸花が群生しているところにさ、白い彼岸花が1輪咲いたら、別れてしまった好きな人にまた会えるんだって……本当かどうかわからないけどね」
いつもと変わらない笑顔で、昭夫さんは私に得意げに話す。
なんで、今、とっておきを話すの?
帰ってきてから……聞かせてよ……
「……へぇ……不思議な、言……い伝え……だ……ね」
いつも通りの返事をしたが、泣きすぎた声はすっかり枯れてしまっていた。
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