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電話で聞いた住所は、特有の臭いがする年季の入った団地だ。
「吉田」と書かれた表札の呼び鈴を押すと、見覚えのある女性が出迎えた。あのころとはだいぶ変わったが、間違いなく"お母さん"だ。おしゃべりな人で、玄関先で結構な時間立ち話をした。相変わらず、よくしゃべる人だ。
ようやく中へ通されると、線香のにおいがした。お母さんを疑うわけではないが、やはり本当だったのだ。
畳敷きの部屋で線香を立て、小さくなった彼女に手を合わせた。
居間でお茶やお菓子を食べながら話をしていると、お母さんがアルバムを持ってきた。
大学時代や社会人になってからの写真などを見ながら、在りし日の政子を偲んだ。政子は独身で、子供もいなかったという。
さらにめくると、和彦が知っている幼稚園時代の写真が出てきた。懐かしく思いながら写真を眺めた。政子は内気な性格で口数も少なかったが、なぜか和彦とは気が合った。お互い口には出さなかったが、「将来は結婚するんだ」と、子供ながらに思っていた。
すると、政子がぬいぐるみを抱いている写真があった。お母さんに聞くと、今もあるという。
政子の部屋から、お母さんがクマのぬいぐるみを抱いてきた。入院している間も、そのぬいぐるみと一緒だったという。見ると、和彦の部屋に置かれていたぬいぐるみと似ていたが、違う気がした。
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