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暑い時に僕は海に居た。だけどもうそんな夏も終わりになっている。残りの熱が漂っていた。
シーズンの終わった海水浴場の、それも夕陽さえも沈んでしまいそうな現在は人の姿なんてそうはない。時折犬の散歩をする人が居るくらい。僕には相応しい。
この夏まで僕はどうにか頑張っていたつもり。会社で馬車馬の如く働いて、それでも給料は低い。そして環境さえも悪く毎日怒鳴られていた。
「疲れたよ」
こうなると僕はもう一つのことを選ぶ他に方法はないと思っていた。
自殺。
こんなに辛いのだから許されるだろう。それに僕なんて居なくても悲しむ人なんて居ない。
だから、僕は今日死のうとこの場所を訪れたのだった。
この海岸は人気の海水浴場でも有るが、毎年数人の遺体が上がる。つまりは自殺スポットになっている。
夏の終わりの海は風が吹いていてどこか涼しく心地良い。こんな雰囲気に居ても僕の心はやすらがなかった。そのくらいに荒んでいる。
もしかしたら思いとどまれるのかもと思って座っていたが、こんな様子。もう戻ることはないのだろう。
立ち上がると波打ち際に歩いた。足元が海に浸かると、もうその水は若干の冷たさを醸している。
ふうとため息を吐いて僕は遠くまで続く海を眺めた。
「先客が居たのか」
その時になって背後からちょっと楽しそうな声が聞こえた。
振り返ってみると、そこには天使でも舞い降りたのかと思う人が立っていた。
肩までの髪に若干低い身長、そして場に合わない笑顔が輝いている。
「ちょっとお話になりませんか?」
訝しげに僕が彼女を眺めていたら、まるで決まり文句のように話された。しかし、こんな状況ははおかしいだろう。僕は明らかな自殺志願者。そして彼女が「先客」と言うのだから同じ考えなんだろう。
どこまでの笑顔が似合わない。
「どちらさん?」
ミスマッチな印象しかない彼女を僕は自殺を止めようと思っているのだと推察して、ちょっと不貞腐れて返す。
「君と同じく、自殺を考えてる者です。良かったら冥途の土産にお互いの死ぬ理由を話しません?」
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