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 あの黒猫が再び僕の前を通る。足元に神経を集中し、転倒を恐れる僕を尻目に、奴は悠々と道を抜けていく。  しばし歩いたのち、猫は僕に近付く。膝ほどの高さまでアンテナのように伸ばしたその尾を左右に踊らせ、するすると僕の足の間を歩き、満足そうにあくびを飛ばす。 「君はここに住んでいるの?」  僕の問いに当然、猫は答えない。その茶色い瞳に夕日の輝きを溜め込んだまま、ただ僕を見ていた。首輪を着けていないところを見るに、きっと野良猫だろう。  猫はしゃがんだ僕に頭をひと擦りしたあとで、誘うように僕の来た道を戻っていく。少し進んでは立ち止まり、振り返る。そんな彼を見ているうちに、僕はどうしても追いかけたくなってしまう。  雑草が風に揺れ、その音を止めるようにして僕は足を踏みしめる。決してそれは猫を追いかけるためではないという、無意味な言い訳をするようにして、僕は雑草が発する音をひとつずつ止めていく。
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