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終業のチャイムと同時に、俺はスマホを取り出した。素早くタップして『イブ』を開く。『イブ』は素人でも自由に参加できる小説投稿サイトだ。俺は『イブ』を拠点に活動している早熟の中学生クリエイターなのだ。
作品ページを確認すると、予想通り一件の通知あり。
俺が連載している小説に今日も一件だけ「いいね」評価が送られていた。送り主はやはり同じ人物だった。
「いいね」評価の送り主のプロフィール画面を開く。アイコンは中世の王妃を描いたらしい西洋画。ネーム欄には“まりアントワネット”とある。自作品は上げていない。いわゆる読み専というやつだ。どうやらフォローしているのは俺だけらしい。
「よう作家先生、今日も執筆中ですか?」
振り返るとクラスメイトの吉崎が立っていた。中肉中背、今時めずらしいごま塩頭だ。
俺は尊大に鼻を鳴らしてみせる。
「ああ、今度の作品はすごいぞ。他に類を見ない唯一無二のスペクタクル超大作だ」
「そりゃすごい、さぞかし壮大な設定なんだろうな」
俺は意気揚々と吉崎に向き直って、あらましを説明してやる。
「舞台ははるか未来の独裁国家だ。その国では帝国軍による厳しい規制によってすべての国民の自由が奪われている。厳格な管理監視システムの下、国民たちは一部の圧政者のためだけに労働力を搾取されているんだ」
「すごいぞ、すでに香ばしい既視感で目が眩む」
吉崎の軽口は無視することにする。
「ある時、一人の少女が国民の解放のために立ち上がり、反乱軍を結成する。彼女の名はメアリー、年は十四歳。この物語のヒロインだ。なぜ彼女が反乱軍を率いることになったのか? それはある日突然、神様からのお告げがあったからだ」
「なるほど、そこはジャンヌダルクのパクリだな」
「だが不運なメアリーは戦いの中で帝国軍に捕まってしまう。そして哀れにも堅牢な塔の一室に幽閉されてしまうのだ。そこで彼女を救うために颯爽とヒーローが現れる。彼の年もまた十四歳、彼は特殊能力を駆使してメアリーの救出に向かう! そう、彼こそがこの物語の主人公であり英雄、ショウゴだ!」
「……それってつまり……」
「省吾……俺だよ。これは俺の冒険と愛の物語だ」
しばらく気まずい沈黙が流れた後、吉崎が重い口を開いた。
「で……誰か読む人がいるのか?」
「熱烈なファンがいる。小説を更新するたびに必ず読んで反応してくれるんだ」
俺は作品のトップページを吉崎に示した。
「ふーん、世の中には物好きもいるもんだな……っていうか、これ読者一人だけじゃん」
『イブ』では作品トップページに読者数の累計が表示される仕様になっており、俺の小説の読者は明らかに一人だけだった。
だから何だというのだ? 読者は多けりゃいいってもんじゃない。たった一人にどれだけ深く激しく突き刺さるかが重要なのだ。
「てか何なんだよ、冷やかしに来たのか?」
「まあ、そうムキになるなって省吾。実はさ……」
そう言うと吉崎は大げさにごま塩頭を掻いて見せた。
「……相談があるんだけど」
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