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チェーン店の二階席。窓辺の席でスマートフォンを充電しながら、ぼんやりと道行く人々を見下ろす。しなっとしたポテトは、冷めてしまってあまり美味しくはない。
忙しそうに歩いていく人々の中に、ちらほらと振袖や袴姿の人を見つける。そう言えば成人の日でもあったか、呟いてコーラの入った紙コップに手を伸ばした。汗をかいた紙コップは少しへしゃげ、啜った炭酸がじんわりと喉を焼く。
何をするでもなくただ見下ろしていた時、遠くからクラクションのような音がして、目を瞬かせる。段々と音が近づいてくる右側の方に視線をやると、四人乗りの白いオープンカーが走ってくるのが見えた。
随分とまあ、派手なものだ。オープンカーにはどでかい旗が突き刺さっている。何と書いてあるかは達筆が過ぎて読めないが、なんとかかんとか参上! のようなことが掛かれているようだ。それだけでも交通違反の塊のようなものだが、オープンカーには袴姿の新成人と思しき男女が六人乗っている。無茶をし過ぎである。あとクラクションの音がうるさい。
当然ながら、と言うべきか、サイレンの音も聞こえてきた。パトカーのサイレンだ。
かっ飛ばすオープンカーとパトカーのチェイスが道の先に消えていくのを見守って、紙コップを置いた。きっと人生で一度も関わらない人種だ。
ややあって、騒ぎの落ち着いた眼下の道を、一組の男女が歩いている。つやつやとしたストレートの長髪の美女に、短髪の若く優し気な青年。カップルだろう二人を何とはなしに見守っていると、その二人に、一人の女性が近づいていった。長身のスーツ姿の女性。知り合いだろうか。そう考えていると、どうも様子がおかしいような気がした。スーツの女性を見た青年が青褪めているようで。
パァン、と乾いた音がした。気がした。正確には音は聞こえてこなかったが、綺麗な平手打ちが青年の頬に決まったから。さっと赤く染まった頬を青年が抑える。スーツの女性は何事かを吐き捨ててくるりと踵を返し、急ぎ足で立ち去っていく。
一方隣にいた美女は、額を抑え、青年に言葉を掛けると、スーツの女性とは反対方向に歩き出した。道の真ん中に置き去りにされた青年が困ったように左右を見渡す。
これはこれで、彼の人生の岐路のように見えて、勝手に固唾を呑んだ。彼はどちらを選ぶのだろう。掌を握り締める。ややあってから、青年はスーツの女性が去っていった方へと走り出した。
走っていった道の先で、どんなドラマが広げられるかは分からない。そもそもとして、彼らの事情も、やっぱり分からないのだ。浮気だったのか、勘違いだったのか。ただすれ違うように、彼らの人生、道の一端を覗き見ただけ。
また道を走ってくる人物を見つけて、ふと頬を綻ばせた。
焦った顔の男は、花を抱えて急ぎ足で道を歩いている。ぱっとその顔が上げられて、こちらの方を見た。見えるかは分からないけれど、ひら、と手を振る。彼は応えず、店の中に入ってきた。
残っていたコーラを一息に呷る。溶けた氷と混ざって、ほとんど味がしない。飲み終わってコップを置いた時、背後から声が掛けられる。
「ごめん、待たせて」
「ううん、楽しかったよ」
そう言って、近づいてきた男を振り向き微笑んだ。
自分にとってたった一人、同じ道を歩く人を。
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