異世界憑依一年後、体を返してもらいましたが、困ってます。

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「面白い女だ」  それは半年前、一年間私の体を乗っ取った彼女を褒める言葉。 「飽きない人だ」  これもそう。  一年半前、私は人生に絶望して、自殺した。  でも私は死ななかった。  代わりに別の世界からやってきた魂が私に憑依した。  体の主導権は彼女に奪われ、一年間彼女を見続けた。  私ーークリスティン・ラノン。  十六歳。  ラノン女男爵だ。  一年半前、私はラノン家の使用人だった。ううん、実際は男爵令嬢だったんだけど、扱いは使用人と同じ。  部屋は屋根裏部屋、使用人として働かされた。  八歳の時に母が亡くなり、父は愛人のレーヌを連れ込んだ。七歳になる私の異母妹キャリーも一緒だった。  父は義母レーヌと異母妹キャリーの言いなりになり、私から部屋、服、すべてを奪った。  母が生きていた頃、母の体が弱かったこともあって、社交の場に出ることもあまりなかった。なのでドレスや装飾品はほぼ必要がなく、贅沢もしていなかった。けれども義母たちは父と結婚し、男爵夫人となると社交界に出始めた。そうなるとドレスや装飾品が必要になる。  父は王宮の一官吏に過ぎず、うだつも上がらない。それは給金にも表れていて、義母たちの支出が男爵家を圧迫し始めた。使用人をやめさせていき、私の仕事も増えていった。壁に飾ってあった母の大切な絵画も売られ、義母たちの贅沢に当てられる。  父は借金をするようになり、私は男爵令嬢として借金のカタに売られる、いいえ結婚することになった。相手は父よりも年上のロリコン。  彼女の世界では、幼女趣味のことをロリコンというみたい。  私は絶望して、お使いの途中で川から身を投げた。けれども、目覚めてみれば、生きている。そして彼女の存在に気がついた。 「私がロリコン変態の家に嫁ぐなんて、とんでもありません」 「なにぃ?お前、この俺に歯向かうのか?」  激昂した父が拳を振り上げた。  私は反射的に目を瞑った。 「うぎゃ!」  しかし痛みは訪れず、ものすごい音がして父が床に転がった。 「いつも黙ってやられるなんて思わないでくださいね」 「あなた!」 「お父様!」  床に転がった父に義母レーヌと異母妹キャリーが駆け寄る。  どうやら、「私」が父を投げ飛ばしたらしい。  私の体は私の意志を反映しない。体の主導権は別の人、彼女にあった。  私の中のもう一つの魂。  名前は、スズキ・ノリコというらしい。  彼女の魂の記憶を私は見ることができる。ということは、私の記憶も彼女は見ることができるはずだ。だから周りに違和感を持たれていないみたい。  でも私たちはお互いに意思疎通ができない。彼女から《もう大丈夫。一網打尽にしてざまあしてあげるから》と感情が伝わってきて、ざまあって何?と聞いたつもりだけど返事はなかった。どうやら彼女の感情だけが私に伝わるみたいだ。少し不公平な気がするけど、自殺したのは私だから、生きてるだけで幸運かもしれない。幸運なのかは分からないけど。  ざまあという言葉が気になったので、彼女の記憶を探る。どうやら、やられたことをやり返して、すっきりすることらしい。  その日から、彼女は私の体を使って、動き出した。  長らく連絡をとっていなかった母の友人のロランダ伯爵夫人にどうにか連絡をとって、家に来てもらう。  そしてまずは借金を肩代わりしてもらった。  その後に、爵位。  どうやら、父は婿養子だったみたいで、正当な後継者は私だった。  それで父と義母と異母妹を追い出して、私が男爵家を継いだ。  案内が来ていたのに、父がずっと無視をしていた貴族学園にも入学した。私のことは噂になっていたらしく、多くの人が同情してくれた。本来なら十四歳から入るところ、一年遅れて十五歳で入学。同学年は年下の人ばかりだったけど、母が亡くなってからちゃんとした教育を受けさせてもらえなかったから、ちょうどよかった。  もちろん、私は意識があるだけで、体の所有権はすべて彼女、いえ、ノリコさん。  ノリコさんは、明るくて、優しくて、みんなに好かれた。  しかも頭が良くて、面白い発想をする人だったので、女性には憧れを持たれ、男性には面白い奴と評された。  このまま、私は一生付属品のように、私の体を使ったノリコさんの人生を見ていくのかなと思っていたら、ある日突然ノリコさんが消えた。  《どうやら、あっちの世界の私、死んでなかったみたい。元の体に戻るね。話とかしたかったけど、できなかったね。嫌なやつは全部成敗してやったから、人生楽しんでね。若いんだから》  ノリコさんは一方的にそう私に話しかけて、いなくなった。  体の主導権は私に戻ってきた。  ☆ 「顔色が悪い。体の調子でも悪いのか?」 「ええ、少し。医務室で休んできます」 「それでは私が付き添いましょう」 「必要ありませんわ。ありがとうございます」  ノリコさんであった「私」は人気者だった。だけど私は違う。期待に応えようと頑張るのは疲れた。  私はあんな風に強くないし、頭も良くない。男子生徒に対して対等に渡り合えないし、政治とか経済とかよくわからない。  私の中にノリコさんがいた時に垣間見た記憶や、本を頼りにして、この半年を過ごしてきた。でも、もう嫌。本当の私は違うのに。 「あ、また君か。いいよ。どうぞ」  医務室には眼鏡をかけた、あの人がいた。ほっとする。学園で有名な「私」を知らない人。医務室の専属の治療師ではなく、代理の人だ。専属のチム先生が都合の悪い時に彼が代わりにここに来る。  ボサボサの髪に丸眼鏡。優しそうな人だけど、あまり生徒ウケは良くない。チム先生は治療師なのにガッチリしてて豪快な人だった。この人は正反対な感じだ。  そういえば、なんて名前なんだろう。 「癒しの魔法は必要?」 「い、いえ!」  ベッドに横になってると不意にその人はそう聞いてきた。実は病気でも何でもなくて、あそこにいたくなかっただけ。仮病なので反射的にそう答えてしまった。 「だったらお茶を飲むかい?」   彼は仮病だと初めから分かってるみたいで何も言わずにそう聞いてきた。 「えっと、あの」 「緑茶なんだ。どう?」  緑茶!?  ノリコさんが好きだったお茶。 「飲みたいです!」  ノリコさんが体の主導権を持っていたけど、知覚と味覚は共有していた。ロランダ伯爵夫人から頂いた緑茶をノリコさんは好んで飲んでいた。最初はあの独特の苦味と甘味が苦手だったけど、慣れるもので美味しいと思うようになっていた。  反射的に返事をしてしまい、恥ずかしかったけど、暫くするとお茶を入れる音がカーテン越しに聞こえてきた。 「少し蒸らしてから」   彼の声はとても心地よくてずっと聞いていたくなる。私に何も期待してないのも嬉しい。まあ、体調が悪いって医務室に来ているのだから、当然だけど。 「もういいかな。どうぞ。準備できたよ」 「は、はい」  ベッドから体を起こして、姿を整えてから、カーテンを開ける。   「どうぞ」  椅子を引かれ、少しドキドキしながら座る。   「えっと、僕はジョッシュ。君はクリスティン・ラノン男爵だよね」 「はい」  名乗った事はない。でも名前を知られてる事は多かったので驚きはない。それよりも落胆が大きい。  ノリコさんの「私」はとても有名だ。この人は知らないと思ったのに。   「君も憑依されていたんだろう?ニホンから来た魂に」 「え?君も?」 どういう事!? 「やっぱり一緒か。当たって良かった」  彼、ジョッシュさんは嬉しそうに笑った。  そうして彼は話してくれた。今から五年前に彼の身に起きた事を。  ☆  ジョッシュさんは、何と伯爵令息だった!  けど今は家から出て、治療師として働いている。  彼は癒しの魔法を小さい時から使えて、将来は伯爵当主ではなく、治療師として生きたかった。だけど、お母様の病気が治せなくて、亡くなってしまった。それからジョッシュさんのお父様は人が変わったようになって、彼の癒しの魔法を否定して次期伯爵として厳しく育てるようになったみたい。  その過程で心が折れて、川に飛び込んで死のうとした。その時、ニホンから来た魂ーーユキオさんに憑依され、父親に啖呵を切って、家を飛び出した。  亡くなったお母様のご友人を頼って治療師に弟子入り。その治療師の兄弟子がチミ先生という事。  憑依したユキオさんもノリコさんと一緒で一年でいなくなったという事だった。 「本当困るよね。残された者としては。誰も彼もがユキオが憑依した「僕」に期待する。本当の僕は癒しの魔法が使えるだけの普通の男なのに」 「癒しの魔法だけでも凄いです!私なんて何もないですもの」  そう私は何もない。この男爵位もノリコさんが頑張った結果だし、学園生活も彼女の威光で輝いているだけ。 「何もない。そんなわけないと思うけど君の気持ちは痛いほど分かる。だけど、君は君だ。この体は君のもので、これからの人生も君のものだ」  ジョッシュさんは優しい笑顔を見せてくれる。 「僕らの人生は憑依者のおかげで救われた。だけど振り回される必要はないんだよ。自分の足でゆっくり歩いていけばいいんだ。本当、ユキオは優秀過ぎて何度も嫌になった。ユキオの優秀さを期待して、本当の僕にがっかりして離れて行った人も沢山いた」 「寂しくなかったですか?」 「寂しかったよ。だけど僕はユキオじゃない。本当の僕は今の僕だ」  ジョッシュさんは私の目を見て、しっかりと話す。 「ジョッシュさん。私の友達になってくれますか?」 「もちろん。っていうかナンパみたいになっちゃったね」 「ナンパ?」 「えっと何でもないよ。よろしくね。クリスティン」  その日、私に初めての友達ができた。そして私は無理をするのをやめた。  沢山の人が離れて行った。寂しかったけど、ジョッシュさんのおかげで寂しい気持ちも和らいだ。  数年後、彼と結婚。ジョッシュさんの実家は従兄弟さんが継いだ。彼はラノン家に婿に入ってくれた。  時折私達はニホンの話をする。だけど私二人だけで話す。知識を利用して無双?はしない。  私達は、物語の主人公にはならない。でもそれぞれの人生の主役として、のんびり幸せに暮らす。  それが私達の幸せだから。  
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