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兵営の凱旋記念の桜は、とうに葉桜になってしまった。盛りを過ぎた桜を眺める者はもういない。
太陽は傾き、徐々闇に飲み込まれてゆく街。点灯夫がせわしない様子で長い棒を使い、ガス灯に明かりを灯して回っている。俺はその隣を長くて暗い影を引っ張って、背中を丸めて歩く。そうして見つけた、いつもの錆びたポスト。そこへ封筒を一通、乱暴な手つきで投げ込んだ。
俺がお前に送った手紙。その返事が来たことはない。俺の手元の鉛筆は擦り減って、便箋の束は薄くなってゆくけれど、ポストに食わせた手紙だけは増えてゆく。営内から何度も何度も、同じ相手に手紙を出すのを、他の奴に知られるのは小っ恥ずかしい。だから、わざわざ外のポストに通う。
俺たちが肩を並べた兵営の桜が散ったあの季節。まだ、俺たちの顔つきに青さが残っていた頃。季節外れの冷たい北風と共に、お前は俺の前から消えた。
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