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1
戦火の街を逃げ回っているうちに、夕焼けの国に閉じ込められた。
時間が止まって、砲撃の音も止んだ。
まばゆい雲の輝きはいつもだったら一瞬で消えるはずなのに、暮れかけた淡い色の空をいつまでもいつまでも飾っている。
窓の破片や崩れた建物のかけらが散乱した街路に佇んでそれを眺めていたら、誰かが向こうから歩いてきた。
近づいたそれは、どうやら子どもらしかった。
目が大きくて、暗い顔をしていて、二つの目以外はぼんやりとしていてよく見えなかった。
自分の記憶も子どもの顔と同じで、なんだかぼんやりしている。
どうして私はここにいるんだろう。
誰かを助けたいと思っていたのではなかっただろうか。
助けたいと思っていた人には名前があっただろうか。
それを呼ぼうと思ったけれども、うまく思い出せない。
暗い顔の子どもはそのまま近づいてきて、すぐ隣で立ち止まった。
顔が陰になっていてよくわからない。そのことが何となく怖くて、私は子どもを直視できないでいた。
振り向かずにずっと空を眺めていたら、子どもが話しかけてきた。
「ねえ、おねえさん」
返事をしてもよいものなのかもわからない。それより私はおねえさんと呼ばれるような存在なのだろうか。考えつつも無言でいたら、彼はこう聞いてきた。
「ねえ、大事なことを思い出せずにいるんじゃないの?」
思わずバッと振り向いた私に、彼は笑った。さっきまでは暗くてよく見えなかったはずの顔が、急にはっきりとしてくる。
幼い子どもだ。頬と唇に目立つ傷がある。傷は赤黒いかさぶたになっている。煤けた服からのぞいた手足にも大きな傷跡が見えた。
「ここに来る人たちはみんなそうなんだよ。何かを忘れているの」
「きみも、そうなの?」
「うん。いくら考えても思い出せない」
何を思い出せないのか聞こうとしてやめた。思い出せないことを聞いても、思い出せない以外の答えはない。
代わりに私はこう聞いた。
「忘れている何かは、とても大事なこと?」
「うん。そうだと思う。あなたもそうなんでしょう?」
さっきまでの私は鳴りやまない砲撃の音をかいくぐって走り続けていた。
赤い夕焼けを不吉な色だと思ったのを覚えている。
だけどそのことしか覚えていない。
胸の奥がズキリと疼いた。
「なんだ、おねえさんは全部忘れてしまったわけではないんだね。少しでも覚えているのなら、もしかしたらここから出ていけるかも」
子どもはなぜか少し眩しそうな表情になってこちらを見た。
私は子どもに疑問をぶつけた。
「きみはここがどこだか知っているの?」
「どこなんだろう。おねえさんはここをどこだと思ったの?」
「夕焼けの国」
空を見上げて私はそう答えた。
「夕焼けの国? いい名前だね。ぴったりだ」
子どももまた空を仰ぎ見る。眩し気に目を細めたままで。
燃えるような赤い雲はとても遠く、見上げる子どもはとても小さかった。
と、さっきまではっきり見えていたはずの子どもの顔が再び翳る。
不思議に思っていたら彼のシルエットは見る見る影のように薄くなり、ぺらんと揺れて風景の中に溶けた。
私はゆっくりと歩き始めた。何かを捜しているような感覚があった。足元には無数の瓦礫が転がっていた。子どもが消えたあとの街には人影は全くなかった。
さっきの子どもの姿を思い出す。煤けた服を着ていて裸足だった。
こんなところを歩いていたらガラスの破片が足に刺さったのではないだろうか。
今度は胸の奥がざわついた。
忘れている何かは思い出せなかったけれども、多分自分にはやり残してきたことがあるのだと思った。
やり残したことは、さっきの子どもに靴を履かせることだったのかもしれない。
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