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 積み荷を降ろしたトラックで国境を越え、私は活動拠点まで送り返された。  大きな総合病院で検査を受けたが、前線で受けた処置に加えて新たにできる治療があるわけではなかったから、すぐに解放された。  子どもは同じ病院に入院していた。準備を整えてから申請して許可をとり、対面した。  元通りとはいえないが日常生活には支障がない程度の視力は戻ることと、カウンセリングの必要な精神状態であることを、病院のスタッフから聞いた。  相手は目の部分を包帯で覆われていて、上半身を少し起こした状態で仰向けに横たわっていた。  手術後数日は顔や目をできるだけ動かさずにいるように指示されていたらしいが、きょうからリハビリが始まるのもあって、面会の許可が下りたのだという。 「あなたのいた町で、最初に処置を施した医師です」  最初はそんな風に名乗った。  子どもは微かに頭を傾け、私の言葉を聞いている様子だった。 「手を握ってもいいですか?」  そう尋ねた私に、子どもは口を開いた。 「おねえさん」  口もとの赤黒いかさぶたが動いた。 「夕焼けの国で会ったことを覚えてる?」 「ええ、覚えてるわ」  私は子どもの手を取った。  病室の後ろには、私が同行をお願いしたNPO法人の女性が控えている。子どもを引き取ろうと考えていることについて、これまで相談に乗ってもらった相手だ。  今回の顔合わせに際して通訳も買って出てくれたので、ご厚意に甘えることにした。  少年の国の言葉を、私は片言程度にしか習得できていない。  こちらが伝えたいことは一応伝えられるが、相手の言うことを理解できない場合もある。  そう考えていたのだが、その日子どもとは複雑な会話を交わすことはなかった。  私たちはただ、夢の中での出来事についてとりとめもなく会話しただけだった。NPO法人の方は口をさしはさむことなく、黙って私たちの会話を聞いていた。彼女には私が子どもの妄想につきあって、相槌を打っていただけのように聞こえていたのかもしれない。  次回の約束を取りつけてから、私たちは退室した。 「養子の話はされなかったのですね」 「ええ」  考えて、私は口を開く。 「いきなり驚かせるのは本意ではありませんでしたから」 「養子縁組にまで話を進めるかはともかく、里親申請の手続きについては早期に取った方がよいと思います。当人にもあらかじめ確認して、本人の意思をなるべく尊重すると伝えておいた方がよいのではないでしょうか?」 「あの子の肉親は、結局見つからないままなのね?」 「嫁いだ姉がいるようですが、住んでいる場所がさらに激戦区に位置していますので、姉自身が難民となってしまっているようなのです」  多数の案件を抱えている関係上、それ以上のことを調べる費用も時間も割けないのだと、苦い顔で彼女は言った。
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