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其の八 壱花 三
駅に着くと、先程と同じ所に勇と幸恵が立って何かを話し合っている。近づくとそれが幸恵の一方的な謝罪である事に気がついた。
「本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げているのは幸恵だ。対する勇は後ろ姿で表情は見えないが、その声はどこか困惑しているようだった。
「いや、もう謝罪はいい。俺も悪かった」
「秋野様は何も悪くありません!私が、『力』が怖いと逃げていたばかりに、秋野様を追い詰めてしまったんです……!お母様だって帝都に行くことだって、怖い怖いと思うばかりで私は何もしようとはしてこなかった。だから罰が当たるなら私に当てて欲しかったのに……秋野様を巻き込んで、酷い目に合わせてしまいました……」
「俺にも落ち度はある。そもそも、お前の『力』とやらを見くびっていた。まさか時間を繰り返すほど強いものだと思わなかった……というより、一条家の『力』とやらも半信半疑だったんだ」
「それは……」
「だからお前を疑わず、汽車が原因だと思い込んだ。今思うと、何故そう思い込んだのかわからない位俺は混乱していたらしい。お前にも迷惑をかけたな」
振り向いて言う勇に、壱花は首を横に振った。
「私は大丈夫です。それより、ずっと気になってたんですけど……どうしてお二人は帝都に行くんですか?帝都が怖いって聞こえたもので」
一瞬二人は互いを見て、同時に項垂れる。躊躇う素振りを見せていた勇が諦めたように息を吐いた。
「実験だ」
「実験?」
「一条家の『力』の実験と証明……とかなんとか。図らずも証明のほうは俺が身を持って知ったがな。馬鹿馬鹿しい。こんな『力』、軍にも政府にも扱えるはずが無い」
皮肉を込めて言う勇の隣で、幸恵は更に肩を狭くした。俯き、白いハンカチを握りしめている。
「私……私、本当は帝都になんて行きたくなかった。だからきっと、その気持ちが秋野様に向かってしまったんだと思います……。勝手に境遇が自分と似てると思い込んで、勝手にわかって欲しいと願って……進みたくないという私の気持ちが、秋野様をこの駅に閉じ込めてしまったのだと思うのです。永倉さんも、本当に、ごめんなさい……」
何度も謝罪を繰り返す少女の肩は震えている。
壱花は幸恵の手をとって、ハンカチごと握った。
「一条さん。やっとここまで近づけた」
「……え?」
「ほら、近づく度にぶつかってたから。本当はこんな風に普通にお話してみたかったの」
「は、はぁ……」
「それに、私も帝都に行きたくなかったんだよ。こうやって同じ気持ちの人とお話できるなら、『巻き戻し』も悪くないな、って」
「永倉さん……永倉さんも帝都に行きたくなかったんですか?」
「その呼び方、くすぐったいから壱花でいいよ。私も幸恵ちゃんって呼ぶから。実はそう。帝都に行きたくなかった。私はただ何となく行きたくなかっただけなんだけど」
あっけらかんと言う壱花に、幸恵は知らなかったと呟いた。
「だって、永倉さん……壱花さんの後ろ姿、とても活き活きしていたし……きっと都会へ行くのが楽しいのだろうとばかり」
「そう思ってたんだ?でもそれなら本当に似た者同士だったのかもね。帝都に行きたくない者同士……」
話しながらふと、何かが閃いた気がした。
ここに二人、帝都に行きたくない、つまり町から出たくないと言う同じ感情を持った者が揃っている。幸恵には『力』があり、その『力』で時間を繰り返しているはずなのだが、今まで無かった幸恵本人の『巻き戻し』が始まってしまった。
まるで、何かが切り替わったように。
「ねぇ、幸恵ちゃん。今も『力』を使ってる?」
唐突な壱花の問いに、幸恵はふるふると首を振った。
「いえ、都さんと会ってからすぐ、『力』に関するものは使わない様に努めています。幼い頃から制御の訓練はしてきたのですが、どこまで抑えられているのか詳しい所までは……」
何か思う所があるのか、自分の『力』を疑っているかのように言葉を選ぶ。目に見えない『力』がどれほどの範囲に及んでいるのか、本人の幸恵にさえわからないのだろう。
「もし一条家の『力』が使われていないとしたら、今も時間を繰り返しているのは何故だ?」
勇の疑問に壱花も頷いた。
「おかしいですよね。本当に幸恵ちゃんの『力』のせいだけなのかな。なんだか脱線事故があった『巻き戻し』と今起きている『巻き戻し』って、同じようで違う感じがしない?」
もしも脱線時と今の『巻き戻し』が切り替わっているのなら、そのきっかけがあったはずだ。そもそもこうやって話せるようになったきっかけは、脱線事故を都が止めたから……と思い当たった所で、壱花は息を呑んだ。
初めて勇に声をかけたのは都だ。脱線を企てていた勇に都が声をかけて、それから壱花もすれ違っていた勇と幸恵の二人と話せる様になった。
全く同時刻内の変化なので今まで気が付かなかったが、まるで少しずつ違う絵を重ねて一つの絵にするように、同じ『巻き戻し』になっているのだとしたら。
勇に都が声をかけたことがきっかけになり、脱線事故の起こらない『巻き戻し』へ変化したのだとしたら。
都が神仕として、一条家にも負けない強い力を持っていたとしたら……。
でも、と壱花は自分の考えを否定する。出会った時の都は時間が繰り返す現象に悩まされていた。あの態度が演技だったとは思えない。
それにこの『巻き戻し』の根底には、帝都に行きたくないと言う感情があるはずだ。都も帝都に行く予定があったのだろうか。
考え込み沈黙した三人の近くで、汽笛が鳴らされた。同じ事を考えていたのか、幸恵は大通りの方に視線を向けながら呟くように言った。
「都さん、来ませんね……」
駅舎に向かって歩いていく人々の中にも都の姿は見当たらなかった。いくらゆっくり歩いてきても、汽笛が鳴る頃までには到着していないとおかしい。
ここに来ていないと言うことは、都は何かを知っているか、あるいは何かに思い当たったのかもしれない。
「私、次の『巻き戻し』で都ちゃんの所に行ってくる」
決意を込めて言う壱花に、二人は無言で頷いた。
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