其の三 駅の少女たち ニ

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其の三 駅の少女たち ニ

 再会して開口一番、都は「ふ、不公平じゃ!」と喚いて駅の柱にもたれかかった。狐耳が萎れたように下がっている。  「考えてみると、ワシのいる神社からここまで結構距離があるではないか!?お主はいいのぅ、家から駅に来れば良いんじゃからな!ワシは町を横断したんじゃぞ!?」  「あの……私も家から駅、家から駅と何度も繰り返し走って来たんですが。その後神社まで行きましたし。それに、この程度の距離で町の横断なんかしませんよ」  『巻き戻し』で布団に帰ってくるとは言え、疲れがとれている訳ではない。最初の朝からずっと走りっぱなしの壱花を前にして、都は情けない声を上げた。  「う、うぅ。そんなに年寄りを虐めるでないわい……。とにかくこの駅を調べて、妙なところが無いか調べるのじゃ!できたら今回で巻き戻しを終わらせたいんじゃがなぁ、ワシの体力が保ってる内に」  壱花は改札を抜けながら周囲を観察した。駅舎に入ると左右に線路が伸びていて、その側で乗車を待つ人達がそれぞれの時間を過ごしている。新聞を読む紳士風の男性に、巨大な風呂敷を背負った老婆、着物姿の子供……。  初めての駅舎にはしゃぐ都の姿を見咎める者は、誰もいなかった。  「……あの、神仕様」  「なんじゃい、堅苦しい。ワシの事は都ちゃんとでも呼べい」  「わかった、そうする。ところで都ちゃんの姿って私以外に見えないの?」  「もちろんじゃ。むしろお主が見えとるほうが異常じゃ」  言い返され、壱花は改めて都をまじまじと眺める。こんなにはっきりと見えているのに、他人からは巫女服を着た幼女は見えないらしい。  「ということは、今、私は一人で喋っているように見えている……?」  急に恥ずかしくなって辺りを見回す。新聞を読んでいた男性がチラチラとこちらを見ている気がする。  都はわざとらしくにやにやした。  「その通り。ま、どうせこれも『巻き戻し』されるんじゃ。多少変な奴と思われても構わんじゃろう?」  「今回の『巻き戻し』で終わらせたいって言ったの、都ちゃんなのに……」  「それは嘘ではないぞ。しかしどうやって手がかりを探したものか……」  ふと、ぶつかってハンカチを落とす少女の事を思い出した。もう少しすれば軍人達に囲まれるようにして、あの少女がここへやってくるのではないか。  「あの、都ちゃん。そういえばね……」  考え込んでいた都にハンカチの少女の事を話すと、狐耳をぴくぴくさせながら怪訝な顔をした。  「軍人がか弱い少女になんの用じゃ?」  「さぁ、そこまでは。でも、この駅で変わったことと言えばその子とぶつかったことくらいだから」  「なるほどのぅ。お、話をすればなんとやら、あの一団ではないかの?」  振り返ると、まさしく話していた通りの軍人達がぞろぞろと改札を抜けて来るところだった。緋色の肩賞を付け、鋭い眼光で周囲を見渡す一団に、ホームにいた人々も何事かと目をみはっている。  その背丈に隠れるようにして、小豆色の着物を着た少女の姿があった。  「あれがさっき言っていた……」  「そう。あの子にぶつかって、ハンカチを拾ってあげたの」  軍人達と少女は立ち止まって何かを話し合っている。 都は悪戯する子供のようににやりとした。  「よし、壱花。行くのじゃ」  「……え、行くって何処へ?」  「あの軍人達の側を通り抜けよ。うまくいけば、娘とまたぶつかるかもしれん」  「へ!?もしかしてわざとぶつかるの!?」  「それが手がかりかもしれんじゃろうが。ほれ、早う行ってこい」  汽車の出発時刻が迫っているのか、駅舎内に人が増え始めた。機関士達が慌ただしく動き回り、あちこちで声を掛け合っている。 人波に押されるようにして軍服の一団へ近づいたが、少女も軍人達もまるで壱花に気づく様子もなく、明後日の方を向いている。その時不意に少女がよろめき、側を通り抜けようとしていた壱花にぶつかった。  「きゃっ……」  「あっ、ご、ごめんなさい!」  わざとらしい謝罪に聞こえなかったかドキドキしながら、落ちたハンカチを拾い上げる。少女はすんなりとハンカチを受け取った。  「いいえ、こちらこそすみませ……ん……」  間近で見る少女の肌は透き通るほど白く、品良く整えられた髪には柘榴石の(かんざし)が刺さっている。異国の人形のようだと見惚れそうになった壱花は、その少女の視線が自分ではなく、自分の隣に注がれている事に気が付いた。  少女は壱花の隣にいる、都を見ていた。    「え……」  「あの……」  「うん?なんじゃ?」  三人はほとんど同時に口を開き、お互いを怪訝そうに確認し合う。  都の姿は他人から見えないはずだが、少女は信じられないという表情で、明らかに都の耳と尻尾を眺めている。再び話しかけようとした壱花と少女の間に、一人の軍人が割って入った。  「お時間です」  短いが有無を言わさぬ言葉に、少女は視線を落とし頷く。気づくと周囲の人々も乗車を始めていた。  背を向けて汽車へ乗り込む少女を壱花と都は見送ることしかできない。あの冷たい目をした青年将校がいつの間にか一団に混ざっていることに気が付いたが、すでに扉が閉まった後だった。  やがて汽車は汽笛を鳴らし、ゆっくりと動き出した。  「……あの娘、何者じゃ?どう考えてもワシの事が見えとったようじゃが」  「うん。でもあの娘も汽車に乗ってた……」  「帝都に行くつもりなのかのぅ。あの軍人共も何なんじゃ、仰々しい」  例え繰り返すとわかっていても、これから起こる事を考えると壱花の心中はざわめく。先程の少女が去る間際、どこか寂しそう表情をしていたのは気のせいだっただろうか。    「よし、今度も駅に集合じゃ。あぁ、ワシはまた走るのか……」  都の絶望を滲ませた言葉も上の空で聞きながら、壱花は汽車の走り去った方向を見つめ続ける。  そしてまた轟音の後、意識が薄れていった。
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