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其の六 分岐
「しかしアレじゃのう、壱花よ。なーんでこ奴らは揃いも揃って汽車に乗りたがるんじゃ?」
ホームの柱にもたれかかりながら都がぼやいた。通り過ぎる人々の目に都の姿は見えないとわかっていても、あまりのぐうたらな姿にハラハラする。
「なんでって、帝都に行くにはここの駅から汽車に乗るのが一番だから。それまでは山を幾つも超えなきゃいけなかったんだよ」
「そうじゃったかのう。しかし帝都に何があるんじゃ?こんな大仰な物まで作りおって、そうまでして帝都なんぞに行きたいかのぅ……」
気怠そうに都がぶつくさ言うのを聞きながら、壱花は改札が見える場所をさり気なく陣取っている。行き交う人々や駅員から怪しまれない位置にいるのも慣れてきた。
「……いた!」
やがて人山の中に軍服を着た一団が現れた。やはり少女を取り囲むように歩いている。
何度か『巻き戻し』している内に少女の動きもわかってきたが、壱花が近づくとどうしてもぶつかってしまう。その後はほとんど会話らしい会話も無く去っていってしまう為、彼女がどんな人物なのかいまいちわからないままだ。
とりあえず近づかなければぶつからないという事はわかっている。壱花は少し遠い場所から、見失わないように彼女の事を観察した。
少女は軍人達に囲まれていて表情まではうかがい知れないが、キョロキョロと辺りを見回している。
「……何を探しているんだろう」
そういえばあの目つきの鋭い青年将校はどこにいるのだろうか。壱花はふと、いつかの『巻き戻し』の時に見た青年将校のことを思い出した。
確か汽車に乗る直前に見かけたはずだが、今の少女の近くには見当たらない。
「そういえば都ちゃんは気づいた?あの軍人さんの中に若い人がいるの。今はいないみたいだけど……後で合流するのかなぁ」
「人間なんてワシからすればみんな赤ん坊みたいに若いわい。後から来るとは、寝坊でもしたのかもしれんのぅ」
その時、人が増えてきたホームでようやく青年将校の姿を見つけて、壱花は都に小声で告げた。
「いたよ、都ちゃん。あの人」
青年将校は改札ではなく、駅のホームを歩く人波の中から現れたようだった。遅れてきたのではなく、どこか別の所にいたのだろう。
「うん?確かに奇妙な動きじゃのう。遅刻じゃなくて先に来ておったのか?」
「うーん……何か用事があったとかかな……。ねぇ、次の『巻き戻し』はあの人を追ってみない?」
「ふむ、何か関係があるかわからんが、とにかくやってみるしかあるまいのぅ。そういう事なら任せい。ワシなら人の目につかずあ奴を尾行できるわい」
「そうだね。都ちゃん、お願い」
「ふっふっふ……ちょっと楽しくなってきたのぅ!」
目を輝かせる都に若干の不安を抱いたが、他にめぼしい手がかりがあるわけでもない。二人は汽笛の音と共に汽車へ乗り込む軍人達と少女を見送り、次の『巻き戻し』に備えた。
***
駅に着いた途端だった。
「用事がある。ちょっと外すが出発までに戻ってくる」
そう言い残すや否や、勇は風のように駆け出していく。あまりに唐突な出来事に、他の軍人達も幸恵も、ぽかんとして勇を見送る事しかできない。「ど、どちらへ⁉」と部下の一人が聞いた時は既に、その後ろ姿は駅舎の影に消えていた。
一体何が起こったのかと目を白黒させている軍人達と同じく、幸恵もただあ然とするばかりだ。ほんの少し前まで彼は普通の態度だった。しかし駅舎に着くと同時にまるで別人のように険しい表情へ変わり、有無を言わさぬ態度で駆け出して行ったのだ。
他の軍人達も同じく面食らっていたようで、「なんなんだ、あれは」と互いに話し合っている。
とりあえず改札を抜けようと歩き始めたが、誰かに呼ばれた気がして、幸恵は一人後ろを振り返った。
駅へやってくる人々の合間を縫って、幼い巫女が鞠のようにこちらへ駆けてくる。奇妙な事に、その少女はまるで狐のような耳と尻尾を生やしているように見えた。
「あーもう!精一杯の速さでこれじゃ!あの軍人はどこじゃ!?」
目を丸くする幸恵の側を駆け抜けようとした巫女服の少女は、思い出したかのように立ち止まった。近くで見てもやはり獣耳と尻尾がある。
「おお、そうじゃった!お主ならあの軍人が何処にいったか見ていたじゃろう!?教えるのじゃ!」
知り合いの様に言われても、幸恵にこの少女と出会った記憶は無い。しかも他の人や軍人達も、これほど人目を引く出で立ちにも関わらず、まるで少女が見えていないように通り過ぎていく。
改札へやって来ない幸恵を不審に思ったのか、軍人の一人が振り返った。
「どうしました?」
明らかに「お前まで妙な真似をするな」という不機嫌な表情で聞かれ、幸恵は言葉を失い立ち尽くす。一方、奇妙な少女は何かを期待する目でこちらを見上げている。
──たぶん、秋野様を探しているのかな。
あの軍人、と少女は言った。車を降りた途端に駆け出していった彼とどういう関係があるのかわからないが、もしかしたら何かを知っているのかもしれない。
幸恵は駅舎の影を指差して、小声で言った。
「たぶん、あっちへ……行きました……」
巫女服の少女は、狐耳をぴょこんと動かして目を輝かせた。
「お主、やっぱりワシの事が見えとるんじゃな!いや、詳しい話はまた今度するとしようかのぅ。礼を言うぞ!では、またな!」
幸恵が答える間もなく、狐耳の少女は再び駆け出していく。
幸恵の指差した方向を見て、軍人達は怪訝な顔をした。
「……何かいましたか?」
「えっ、いえ、あの……なんでもありません……」
なんとか誤魔化して軍人達の後をついていきながら、幸恵は勇と少女が去った方向をちらちら振り返った。
やはり自分以外、誰にもあの少女が見えていないようだ。狐の耳と尻尾を持つ黄金色の髪の少女は異様としか思えないが、道行く人は誰も足を止めようとしなかった。軍人達も普通に通り過ぎている。
あれは一体何だったんだろうと思案していた幸恵の背中に、今度はどんと衝撃が走った。
「あぁあ!わ、忘れてた……近づいたらぶつかるんだった!」
またしても少女だ。ぶつかった弾みで落ちたハンカチを拾い上げ、幸恵に差し出しながら謝る。
「本当にごめんなさい……避けれたのに」
「いえ、あの、大丈夫です」
「あ、そうだ。私の友達が通らなかった?貴方なら見えてると思うけど」
「……友達?」
見てる、ではなく"見えてる"という微妙な言い回しに心当たりがある。自分にだけ"見えてる"狐耳の女の子なら、先程目の前を駆け抜けていったばかりだ。
おずおずと二人が走っていった方向を指差すと、少女は幸恵ににっこりと笑いかけた。
「ありがとう!」
振り返った軍人の一人が呼び止める間もなく少女も走り去っていく。あの子は他の人にも見えてるのね、とどこか冷静に分析した幸恵は、帝都に着くまであと何回奇妙な事が起こるのだろうと小さくため息をついた。
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