5月13日、晴れ

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5月13日、晴れ

 昨日の雨が嘘のような晴天。一方で圭の心はどんより沈んでいた。  好きな人の幸せを願えない自分への嫌気と、今日が晴れだという事実。それらが圭を曇らせる。 「どうした本村さん! 元気無いじゃん」  突然の声にビクリと肩を揺らす。 「なんだ、磯貝さんか」 「なんだとはなんだ。俺一応客なんだけど」  うちのお得意様である磯貝さんは言葉とは裏腹に愉快そうな声で言った。  仮にも仕事中に客の接近に気付かないほどボーッとしていたと分かり、気を引き締め直す。 「いえ、すみません。御用でしょうか」 「そこまで畏まらないでよ。はい、これお願いします」  彼から手渡された本からはつい昨日嗅いだばかりの匂いがする。 「磯貝さんも好きですね。テニス探偵」 「俺もって、他にそういう客がいるの?」 「こっちの話。はい、200円のお釣りです」 「どうも。で? 何で元気無いの? お兄さんに話してみなさい」  歳下のくせに「お兄さん」なんて言う茶目っ気に苦笑しつつ、それでも、少し相談してみようかなんて思う。  どこか安心するような、頼りたくなるような、そんな大人びた雰囲気が彼にはあった。 「ほう。好きな女性に想い人がいる、と。青春してるねぇ本村少年!」 「少年って……僕もう23ですよ」 「奪い取れ! ガンガンアタックだ!」  あっけらかんと言う磯貝さんに驚く。もちろん、彼が適当に応えたわけでないことは声でわかる。 「いやでも、僕なんか」 「いやいやいけると思うけどね。本村さん良い人だし、顔も結構イケてるしさ」 「そうじゃなくて。僕は目が見えないし、普通の人と一緒になった方が彼女も幸せだろうから」 「それって言い訳じゃない?」  磯貝さんがピシャリと言う。その声は微かな怒気を孕んでいる。 「彼女が障害の有無で判断するような人じゃないって知ってるんでしょ? だったら、目が見えないことは何のハンデにもならないよ。実際本村さんは努力の結果大抵のことは一人でこなせるようになってるんだから。  それなのにアタックしないなんてそれは、臆病者の言い訳だと俺は思うけどね。大体、挑戦もしてない奴は嫉妬する資格すら無いんだよ」 「俺は挑戦しては玉砕してるけど」と冗談めかして磯貝さんは笑った。
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