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6月3日、小雨
あれから毎日「雨よ降れ雨よ降れ」と今まで以上に祈り続けたけれど、次の雨は三週間も後だった。人生も天気もなかなか思い通りとは行かないものだ。
16時。南さんはやってきた。
ヒールの音が聞こえた瞬間、圭は見えないのについ入り口に目を向ける。まだ一緒に映画に行けると決まってもいないのに浮かれまくる自分に笑ってしまう。
が、ハスキーな男の声が聞こえ浮かれ気分はあっというまに霧散した。よく聞けば、彼女の足音と共に近づくもう一つの足音。
それが例の武田先輩のものであることは、いつも以上に弾む彼女の足音が雄弁に語っていた。
「ここ、行きつけの本屋さんなんです!」
「へぇ。良い雰囲気だね」
「そうでしょう?」
幸せそうな南さんの声。ずっと望んでいたはずのそれを聞きながら、圭は耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
これが一歩を踏み出さず逃げ続けた臆病者の末路なのか。圭は自嘲気味に笑うしかなかった。
「こんにちは本村さん。今日はお買い物じゃなく、挨拶だけ」
囁くような声は先輩に聞こえないよう気遣ってのことだろう。ゾクリと身震いするほど甘いそれは、もう圭のものになることはない。
「実は付き合うことになって、今からお家デートなんです。本村さんはたくさん相談に乗ってくれたから、一番にお礼を言いたくて」
「おめでとう。力になれたかはわからないけど、上手くいって良かったよ」
思ってもない言葉は声が震えて上手く発せなかった。もしかしたら彼女にすら見抜かれたかもしれない。
だけどそんなことはもうどうでも良いと思った。
しかしここで、そうも言っていられないまずい事実に気付く。
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