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6月4日、大雨
窓に打ちつける激しい水音に叩き起こされた。
雨。圭の心は憂鬱に沈む。
寝不足の身体を引きずり、なんとか開店準備を終え丸椅子に座る。「雨よ降るな」と祈ったのは、南さんと出会って以来初めてのことだった。
16時が近づくにつれ嫌な気分は増していく。
雨音が聞こえているのに。好きな人に会える日なのに。今日ばかりは、彼女に会うのが怖い。
16時になっても彼女は現れなかった。
気怠げな革靴も。忙しないローファーも。ヒタヒタ歩くスニーカーも。ペタペタと情けないサンダルも。
全部全部揃っているのに、彼女の足音だけが足りない。そんなのは圭にとって、無音と何も変わらなかった。
17時過ぎ、南さんは現れた。
まるで別人のように重々しい足音だけで彼女の異変を察し、昨日、なぜ嫌われてでも止めなかったのかと後悔が襲う。
「こんにちは本村さん! 南です! ねぇ、今大丈夫? ちょっと愚痴聞いてくださいよ」
無理に作った明るい声が余計圭を悲しい気持ちにさせる。
「昨日、お家デートするって言ったでしょ? でね、先輩、部屋に着いた途端私を求めてきて、私少し怖くなって『心の準備ができてない』って断っちゃったの。
そしたら先輩急によそよそしくなって、ケータイいじり出して、『用事ができた』ってすぐ帰っちゃって」
彼女の声がどんどん暗くなる。
「私のせいで気まずくしちゃったからなんとかしなきゃって、今日、お弁当作ってみたり、デート誘ってみたり、いろいろ頑張ったの。
……けどね、さっき、見ちゃった。先輩、サークルの別の女の子と、手繋いで歩いてた」
最後は涙混じりの声だった。何と言うべきかわからず、ただ黙って頷くことしかできない。
自分がしっかりしていれば南さんが傷付くことはなかった。
彼女を傷付けたのは武田と、そして圭自身。罪悪感に苛まれ、圭は優しい言葉を口にするのが憚られた。彼女を慰める資格なんて自分には無い。
「あーあ! 一人で浮かれちゃってバカだね! せっかく応援してくれたのに、私男見る目無かったみたい! あはは……」
ほとんど衝動だった。圭は、とっさにレジ下に隠しておいたソレを掴む。
映画のチケット。以前彼女を誘おうと買ったものだ。
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