6月4日、大雨

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「南さん。趣味が合う男ってどう?」 「え? そ、そりゃ、合わないよりは合う方がいいです、よね?」 「わかりました……おーい! 磯貝さん、いるだろう? ちょっと来て」 「え、何?」という彼女の問いには答えず、サンダルの音がする方向に呼びかける。  ペタペタ音がゆっくりこちらに近づいてきた。 「おう、どうした本村さん。また何かお困りかい? お兄さんに相談してみなさい」 「磯貝さん。今隣にいる彼女、テニス探偵シリーズが大好きなんだ。南さん。彼は常連の磯貝さんで、君と同じテニス探偵ファンだ。  そしてここにちょうど、劇場版テニス探偵のチケットが二枚。もし二人が良ければ貰ってくれないかい? 同じ時間の隣の席だから、無理にとは言わないけれど」 「は?」と声を上げる磯貝さん。そんな彼をちょいちょいと手招きで呼び、耳打ちする。 「彼女南さんっていうんだけど、訳あって今とても傷付いているんだ。大事な常連さんだからなんとかしてあげたいんだけど、僕にはどうにもできなくて。  だから磯貝さんに相談に乗ってあげてほしいんだ」 「なるほど。まぁ俺に何ができるかわからないけど、他でもない本村さんの頼みなら断れないな。それに女の子に泣き顔は似合わねぇ。よし! やれるだけやってみるよ!」 「ありがとう、磯貝さん」  続いて南さんを呼び寄せる。彼女が身を寄せた瞬間甘い香りが鼻腔をくすぐり、何とも言えない切なさを覚える。 「磯貝さんは頼りになる良い男だよ。紹介なんてお節介かもしれないけど、騙されたと思って行ってみないかい? 大丈夫。恋愛相談してみるぐらいの軽い気持ちでいいから、ね?」 「うーん……」 「辛い思いしたばかりだし、無理はしないでいいよ。でも、彼は欲望のままに君を傷付けたりしないことだけは、僕が保証する。もし嘘だったら、この店の本、好きなだけ持っていってくれて構わない」 「本村さんがそこまで言うなら、信じてみようかな。……それによく見たら少しタイプだし」  南さんが悪戯っぽく笑う。  もし彼女が少しでも嫌がった場合話は無しにするつもりだったが、少なくとも嫌だとは思っていないようだ。  二人が同時にチケットを受け取る。「じゃあまた、雨の日に」と南さんが言い、「当日の打ち合わせしましょうか」と磯貝さんが続く。  ピタリと歩調を合わせ歩く、サンダルとヒール。 「さようなら、南さん」  呟いた言葉は雨音に掻き消され、きっと彼女には届かなかったはずだ。
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