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「剣四郎様…」
鈴の転がるような声…
だが、私は声をかけられる前に彼女の存在に気が付いていた。
それは、遠くからでもすぐにわかる彼女の芳香のためだった。
「月子…遅かったな。」
月のない夜、ほのかな星明りと外灯の中に、月子の色白の肌が妙に浮き立つ。
「……すみません…」
私は月子の白魚のような手を取り、闇の中を並んで歩く。
「今年も暑いですわね。」
「本当に暑い年だな。
先日釣りに行ったが、何も釣れなかった。
魚もこの暑さに参っているのかもしれないな。」
私達は他愛ない…悪く言えばつまらないとさえいえる会話をぽつりと交わす、
会話の合間に、時折、月子が微笑むのを見るだけで私の心はとても満たされる。
人気のない川のほとりをゆっくりと時間をかけて散策し…
ただそれだけで、年に一度の月子との逢瀬は終わる。
こんなことをもう十年も続けている私は、誰から見ても愚かな男に思える筈だ。
だが、それがどうだというのだ。
私は、これで幸せなのだから、誰にどう思われようと、そんなことはどうでも構わない。
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