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やがてしこたま重七用の菓子を買いこんだチーミンの舟は、静かな海域に入った。
夜空を映した菫青色の海は凪ぎ、とろみのある水面はどこまでも平坦。それはさながら、
(異界へ続く平原……)
そんな感想がチーミンの胸をよぎったときだった。
高く、水を切る音がして、黒い影が眼前をかすめていた。
「ガシャガシャ! ガシャ! ガシャガシャ!」
耳を劈く鳴き声とともに。
思わず身構えたチーミンに、漕ぎ手は不思議そうに振り返った。
「いかがされましたか、大人。船中で立ち上がっては危のうございますよ」
チーミンは瞠目した。
漕ぎ手である彼には聞こえてもいないし、見えてもいない。
チーミンの目に、今しも映る、白黒の鳥が。舟へりを埋めるように隙間なく連なる無数の嘴が!
その奇怪な現象を漕ぎ手に説明するために、チーミンが口を開いた――そのとたん。
鳥の群れが羽ばたき、チーミンめがけて襲いかかってきた。
一匹はカラス程度の大きさ。だがそれが、何十、何百と群れた姿は、成人の体積をゆうに越え。
揺れる舟上のこと、かわす余裕もなく。
鳥たちの直撃を受けたチーミンは、背中から海に落下していた。
奇妙なことに、人ひとり落水したというのに舟は揺れず、水沫さえ上がらなかった。
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