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「チーミン、そこの櫃だよ」
ユゥジンにいわれて、廠長室の隅の櫃を開くと、織物が一匹現れた。
「すごい、これはいい手仕事ですね」
その織物を子細に眺めたチーミンから、掛け値なしの、織客としての感想が漏れた。
縦糸は白、横糸は黒。自らが光放つような、その明暗。光の加減で千変万化する、夜空のような薄布。
単調な織り方であればあるほど、織り手が知らず知らずのうちに飽きて、織りが雑になってしまうものだ。だが、この織り目の幅は均等。同じ強さで織ってある。
これは織るときに自分の呼吸までもを律することができる者の手仕事だ。手がけた者は、さぞかし腕のいい織り手だったのだろう。
「チーミン、窓開けて」
言われるまま、チーミンは月廠の連子窓を押し開く。深い色の星空が広がった。
せっかく開けてやったというのに、なぜかユゥジンは見る気もなく、手持ちの帳面を広げると、筆をなぞらせた。
たちまち書いた文字が浮かび上がって、窓の外へ流れ出る。
とたん。絹の裂けるような高い音とともに、文字の触れた夜空に穴が開き、無が口を開けた。何の色も、何の感情も、何の温度もない。直感で理解できたのは、これに触れたら、生を――存在を保てる者はいない、ということだ。
「なにごとだコラアッ! やんのかッ!」
虚無にも挑みかかることを忘れないチーミンをよそに。
櫃の中の白とも黒ともつかぬ美しい布をくわえて飛び上がったユゥジンは、布を、夜空の裂け目へと覆いかぶせるようにした。
たちまち布は、紺碧の空と同化して、空に噴いた無が、
「――消えた!」
チーミンの前で、何事もなかったように夜空が修復された。古典的にも目をこすってみるが、やはり状況は変わらない。
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